兵士の物語 

原作:アファナシェフ 脚本:ラミューズ

音楽:イゴール・ストラヴィンスキー

訳:岩切正一郎

演出:山田和也

出演:いっこく堂、篠井英介、他

2001年2月17日、シアター・ドラマシティ

 ストラヴィンスキーの代表作の一つ『兵士の物語』は、今回みたく演劇の形態でセットを組んで、ミュージシャンが生演奏して、台本通りバレエも踊って、という完全な形で上演される事は(日本では)非常にまれである。多岐に渡るジャンルの芸術家達を揃えなくてはならないからだろう。オケはヴァイオリン、コントラバス、クラリネット、ファゴット、トランペット、トロンボーン、パーカッションという合計七名のアンサンブル。新古典主義時代のストラヴィンスキーらしく、シンプルで整然としたたたずまいの中に変拍子や不協和音を駆使した、いかにもモダンで軽快な音楽で、音楽劇と言っても、歌は全くうたわれない。

 演出の山田和也は、元は三谷幸喜とサンシャイン・ボーイズを結成した人で、プロフィールをみると『ローマの休日』『サウンド・オブ・ミュージック』から、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』『マディソン郡の橋』、果てはウディ・アレンの映画『世界中がアイラブユー』の舞台版など、驚くほど幅が広い。今回の演出は、いわゆる“バックステージ物”。しかも、この劇は兵士、悪魔、語り、と三人の役者を必要とするが、それを主演二人でみんなやってしまう。悪魔の外見と語りが篠井英介、悪魔の声と兵士がいっこく堂。悪魔の声は勿論いっこく堂のお家芸、腹話術である。悪魔は、他でもない自分の心の中に住んでいる、というわけだ。

 それにしても、この舞台をみていると、ストラヴィンスキーのアイデアがどんなに斬新で、生き生きとしていたか、その初期衝動みたいなものがヴィヴィッドに伝わってきて、思わず嬉しくなってしまう。作曲家自身が“読まれ、演じられ、踊られる”音楽劇と記した『兵士の物語』には、古くは詩人のジャン・コクトーが語りを担当したものから、スティングが兵士、ヴァネッサ・レッドグレーヴが悪魔を演じたもの、我が国ではデーモン小暮や戸川純によるものなど面白いディスクが多数あり、数年前も作家の筒井康隆が一人三役をこなして話題を呼んでいるが、今回の舞台はそれに劣らずユニークなもの。少なくとも、腹話術というのは前代未聞かも。

 まず司会者として登場するのが篠井英介。簡単に自己紹介してから、やおらこの劇の説明を始めるが、これはいわば“つかみ”の漫談だ。そこへミュージシャン達が現れはじめるが、これがみんな、携帯電話の着メロを鳴らしたり、何人か集まって記念写真を撮ったり、ちっとも司会者の言う事をきかない。彼らは勿論役者などではなく、オーケストラの奏者やソリストとして活躍している一流の演奏家ばかりである。そこへ音楽監督の笠松泰洋が登場し、やっと本編が始まる。彼は蜷川作品でもお馴染みの作曲家だが、今回は指揮だけでなく、演出の性格上、役者やナレーションを兼ねたり、途中に挟まれるトークタイムで、作品に関する詳しい解説を行ったりもして、まさに大活躍。

 本作は、全体で一時間前後しかない短い作品なので、こういう演出をしないと間がもたないという事情もあるのだろうが、ここで、悪魔を腹話術で表現するなどの演出意図を説明してしまうのはどうかと思った。それは舞台上で明かすべき事ではないし、観客の知的レヴェルを低くみられた感が残る。又、音楽監督も篠井英介も「いっこく堂が参加した事で、舞台の奥行きが格段に深くなった」などと口々に絶賛していて、私はまあ好感をもってきいたが、舞台の上でお互い誉め合う展開は、やっぱり鼻につくという人も多いかもしれない。

 確かに、いっこく堂は素晴らしいの一言。腹話術のためにマイクを使うのが残念だが、彼は元々、劇団民藝で舞台俳優を志していた人で、身体を使った表現も抜群に上手いし、声量のダイナミック・レンジもすごく広い。がなり声で宣言を行う所などは、目付きや所作共々すごい迫力だ。この人は腹話術も面白いけど、役者の仕事を増やしていった方が良いのではないだろうか。この劇には、悪魔に騙された兵士が絶望し、いったん幕というパターンが数回あるが、その絶望感を彼は、説明的な饒舌を用いず、がっくり肩を落とした後ろ姿だけで表現する。その背中の、何と多くを語ることか。ラストなど、結局人間は自分の中の悪魔から逃げられないのだという諦観が、彼の背中にあんまり明瞭に浮かんでいて、なんだか恐ろしくなったぐらい。

 篠井英介の芸達者ぶりは流石で、サービス精神溢れる進行役も堂に入っているが、さらに目を惹いたのがバレエ。中盤から男女一組のダンサー(悪魔とお姫様)が登場するのだが、この舞台に参加しているファズ・バレエ・ダンサーズも、各人の経歴をみると世界中で活躍している実力者ばかりだ。私がみたのはダブル・キャストの一人、日原永美子という人だが、出てきた途端、その美しい動きに目を奪われてしまった。バレエの公演に足を運んだ事がない私だが、バレエの踊りをみていて、その動きやフォルムの美しさにこんなに魅了されたのは初めて。

 カーテンコールでは、二人の役者に二人のダンサー、指揮者とミュージシャン全員が登場して、万雷の拍手に応えていた。普段は全く違う分野で活躍している芸術家達がこうやって集まり、一つの作品を作り上げるのをみるのは素晴らしい。みんな本当に楽しそうな笑顔で、お互いの仕事に敬意を表して拍手を送りあっているのをみていると、その仲間意識みたいな物が、心の底からうらやましくなった。こういう優れた舞台はどんどん続けていって欲しい。これをみれば誰しも、芸術というのがどんなに楽しいものであるか、身をもって理解できるに相違ない。

[注釈]

 パルコ劇場での同公演は後にDVDで発売されました。内容も、メイキング映像やバレエ場面の両キャスト・ヴァージョンを収録するなどなかなか親切なものですが、一つだけ問題があって、オープニングとハーフタイムのトーク部分は、ディスクを普通に再生したのではみられず、特典メニューのチャプター・リストから個別に選択しなければなりません。演出の意図からすれば、それらノンフィクションの部分も劇の一部なのだから、最初から本編に含めて欲しかったと思うのですが、念の為、DVDを購入されたユーザーのみなさんに注意を喚起しておきます。

 

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