音楽劇・三文オペラ  

作:ベルナルト・ブレヒト

音楽:クルト・ヴァイル

音楽監督:宮川彬良

訳:池内紀

演出:蜷川幸雄

出演:村井国夫、鹿賀丈史、茂森あゆみ、森川美穂、キム・ヨンジャ

   大浦みずき、瑳川哲朗、大森博、他

2001年8月11日 大阪、シアター・ドラマシティ

 私はヴァイルの音楽の大ファンである。あの、甘くノスタルジックで、かつ毒気があって退廃的なメロディは、一度聴くと止められなくなる。三文オペラは、そんなヴァイルの代表作でありながら滅多に上演の機会に巡り会わないが、それが今回、こんなに個性的なキャスティングで、しかも蜷川幸雄の演出で見られるなんて、夢のようである。半ば夢見心地で会場へ。

 まずは幕前で指揮者のタクトが振り下ろされ、序曲が始まる。蜷川演出の事だから、今回はやはり生のオーケストラ、俳優達もマイクなしの地声。指揮をしているのは、よく見れば音楽監督の宮川彬良である。蜷川作品『身毒丸』で圧倒的な作曲センスを見せつけた逸材だ。小編成だが、生のオケは腹にズシリと響き、迫力が違う。音楽だけで、世紀末ベルリンのデカダンな雰囲気を妖しく漂わす。幕が開き、有名なモリタート(主人公の卑劣な悪行を連ねたものすごい歌詞だけど、魅力的なメロディ)が歌われると同時に、ものすごくシュールな光景が舞台上に展開する。奇妙なキャラクターが跳梁跋扈する様はサーカスのようだが、天井近くには天使が飛んでいるし、なぜか力士も二人いてシコを踏んでいる。

 これほど支離滅裂ではないけれど、続く各場面も、傾いた巨大な長テーブルとか、鳥カゴのような牢屋とか、書道の半紙が無数に貼られているピーチャムの宿とか、本当に裸の女性達がウロウロしている娼館とか、奇想天外な美術デザインが目白押し。劇の部分はちょっと間延びしてスカスカする感じもするが、歌の場面にみなぎる生気はさすが。特に鹿賀丈史と村井国夫の生き生きしたパフォーマンスが楽しい“大砲ソング”、キム・ヨンジャの圧倒的歌唱力が光る“ソロモン・ソング”“ヒモのバラード”、全員が客席に向かって合唱する、迫力満点の各幕“三文フィナーレ”は、それだけでスタンディング・オベーションしたくなる凄さ。

 キャスティングもユニークで、“だんご三兄弟”で大ヒットを飛ばしたばかりの茂森あゆみがポリーを歌う他、バンドブームくらいの頃に若手女性シンガーとして活躍した森川美穂(みんな覚えてるかなあ?)がルーシーを担当。この二人による“焼き餅デュエット”は個人的にもお気に入りのナンバーだが、さすがにキーが高すぎて森川美穂苦しそう。でも、ものすごく難しい曲だけに、この二人、むしろ健闘しているかも。

 それにしても、改めて舞台で見ると本当に無茶苦茶な劇。ブレヒト&ヴァイルの辛辣なアイロニーがモロに出た作品だ。ラスト、極悪非道の限りを尽くしたメッキースが、絞首台の前で突然釈放されるくだりは前代未聞という他ない。客席に向かってとんでもない事を言い始める狂言回しのピーチャム、曰く「人間に何の恩恵も与えられないこの世界では、メッキースは絞首刑になります。でも、皆さんがオペラの中で一度くらいは、正義なんてそっちのけでともかく恩赦が下る所を見るのもいいと思い、我々は別の結末を考え出しました」。登場する国王からの使者。極悪人メッキースは何と、無条件に釈放されるのみならず、世襲貴族に列せられ、終身年金一万ポンドとマーマレルの館を得る事になる。

 そこへ全員の合唱「不正をしつこく追求するな。こんなに暗く、冷たい世の中なら、不正だってひとりでに凍死するさ」。正に、良心的な観客の心を逆撫でするような毒気の強さだが、私は好きだ。不正すら凍死してしまうくらい冷淡な世の中、という世紀末ヨーロッパへの痛烈な皮肉は、今の世界にも十分通用すると思う。それに、この素晴らしい演出とキャスティング、こんな布陣での三文オペラはなかなか見られるものではないから、これはぜひとも、ビデオ化を切に所望したい。

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