蜷川氏、三度目のハムレットの由。また新演出に作り直したらしい。前回の真田広之、松たか子のハムレットも、奇を衒った演出こそないが、役者さん達がとてもいい芝居をしていた。大阪、京橋のツインタワー近くにあるMIDシアターは初めて行く会場だが、半分地下に降りるような、独特の立地(梅田のシアター・ドラマシティも地下劇場だけど)。小規模なスペースで、舞台の三方をぐるりと客席が取り囲み、ものすごい一体感だ。客席背後のスペースや通路を俳優達が歩き回るので、ほとんど、私達も劇に参加しているような心持ちがしてくる。 まずは舞台脇(と言っても、私の席からは楽譜が読めそうなくらいすぐ横)にスタンバイした打楽器とキーボードの奏者が、バロック風の、ゆっくりとした物悲しい音楽を弾き始めると、場内の照明が徐々に消えてゆく。そこへ、天井から様々な高さにぶら下がった電球が白く光りだすと共に、激しく揺れはじめ、暗闇の中で幾つもの電球が蛍のように舞う、妖しくも美しい光景が現前する。う〜っ、素晴らしすぎる! 思わず全身総毛立つ。ニナガワ・マジック、強烈すぎます。 この舞台は、最近みた中で最も感動したもので、演技、音楽、演出、照明、全てがぴたりとハマったような充実感がひしひしと伝わる。旧演出で話題を呼んだ雛壇を思わせるセットも、少し抽象化されて受け継がれているが、吊り下げられた電球と、舞台床と天井を結ぶ何本かの有刺鉄線以外は何もないような、至ってシンプルなセット美術。俳優の芝居に大きなウェイトを置くようになってきたという演出家の言葉は嘘じゃないみたい。ただし、劇中劇の演出は京劇風というか何というか、アジア風の絢爛豪華なショーになっていた。 市村正親だけは、ちょっと時代がかった芝居というか、青年ハムレットには見えないというか、要するに私には違和感があるが、何と言っても素晴らしいのが、オフィーリアの篠原涼子。この人は、歌手でもあるせいか、セリフ回しの緩急がまるで音楽のように美しく、例の狂乱の場なんて、絶叫とささやき声、歌とセリフ、たっぷりした間と勢いこんだ早口など、相反する要素を縦横無尽に使い分けていて、まるでよく出来た名曲を聴くよう。レアティーズの橋本さとしや、ホレイシオの大森博など、最近方々の舞台で活躍している才能豊かな役者さんも多数参加していて、みんな、熱い演技で舞台を盛り上げている。 ハムレットは、やっぱりラストのクライマックスが一番の見所だと思う。この舞台では、決闘から、陰謀、暗殺、真相の暴露、復讐、死へと続く一連の流れが、息もつかせぬスリルと高いテンションで、熱く、感動的に描かれていて、私など思わず泣いてしまった。特に決闘のフェンシングは、危険な程のスピードと殺気。観客の目と鼻の先で剣がビュンビュン唸って、すごい迫力。蜷川演劇はいつもそうだが、脇役に至るまで全員が手を抜かず、全身全霊で芝居をするとこれほど感動的な舞台が出来上がるのだという単純な事実を、改めて思い知らされる。こういう舞台を全国の中学・高校で見せれば、日本の将来は少し変わるんじゃないだろうか。 |