待望の蜷川チェーホフ三作目。『かもめ』と『三人姉妹』が素晴らしかったので次に期待していたのは確かだが、『桜の園』は私にはどうもよく分からない劇なので、出来れば『ワーニャ叔父さん』にして欲しかったなあという気もする。蜷川幸雄はかつて、『桜の園』と『ワーニャ叔父さん』は心情を仮託できる登場人物がいないから演出できないと発言していたが、今回『桜の園』が上演されるという事は、何か取っ掛かりを得たという事か。小劇場での前二作と違って、今回は普通の規模の会場だから、インティメイトな雰囲気はそんなに出ない。でも、舞踏会の場面などは逆にそれなりの雰囲気が出て来るのがいい。 この劇がよく分からないのは、没落貴族の話(そんな世界、全然知らないんだもん)というのもあるが、やっぱり、桜の園を競売で買ったのがロパーヒンだったという第3幕の展開が一番腑に落ちない。彼だけ農奴出身の成り上がりだからという解釈は、まあ一番落ち着く感じだが、それでも劇として“場”の空気がなんか変な気がする。急に不条理劇になって、前後の幕までよく分からなくなってしまう(もっとも、単に私に理解できないだけの話かもしれないけど)。ロパーヒン役の香川照之はすこぶる達者な俳優さんで、件の落札発覚の場面は、エネルギッシュでリズミカルな芝居が出色。彼の演技のおかげで、このキャラクターはかなり分かり易くなったのではないだろうか。 栗山民也が新国立劇場で演出した舞台をテレビで観た時は、本で読んだ時よりも全体的に少し分かり易くなったように思えたし、今度の演出は、さらに私達に一歩近づいたという感じがする。京野ことみとか牧瀬里穂とか西尾まりとか毬谷友子とか、キャスティング(特に女優さん)がユニークで、似た感じの登場人物がたくさん出たり入ったりするチェーホフの劇では、とても有り難い。高橋洋がトロフィーモフというのは意外だが、ものすごい声量で弾けつつ、客席の辺りを走り回ったりしている。この人はコミカルな役をあまりやらないから、こういうのは何だか嬉しい。 |