今度の蜷川シェイクスピアも初演出作品。シェイクスピア戯曲の中で最も残酷かつスキャンダラスな作品と言われる『タイタス・アンドロニカス』である。言わば「血で血を洗う復讐合戦」の劇だが、その憎しみの激しさと復讐の徹底ぶりは尋常じゃない。この劇は、ブロードウェイ・ミュージカル『ライオン・キング』の演出家、ジュリー・テイモアによる映画化『タイタス』の強烈な印象が記憶に新しいが、今回のも凄絶な演出。 あまりに残虐な内容を考慮したのかどうか、今回の演出は久々に“稽古場物”で、全体がリハーサルという設定だ。会場に入ると、もう舞台の上にスタッフ、役者が右往左往しており、照明のセッティングなども行っている。舞台中央に置かれた巨大な『カピトリーノの雌狼』の彫像がものすごいインパクトで鎮座しているが、その彫像も含めて白一色の舞台に、照明によって数式や何かの記号が照射されている。役者が定位置に付き、「ヨーイ、ハイ!」の声と共に芝居がスタート。 喋り出しはサターナイナスの鶴見辰吾だが、荒々しい演技でいきなりのド迫力。冒頭からパワフルに劇が進行する。悪の権化たるエアロンを演じる役者が、半裸の全身を茶色く塗り、虚ろな表情で不気味に佇んでいて、喋り出すないなや恐るべき存在感を醸し出すので、これは誰なんだとびっくり。休憩中にパンフレットを確認したら、何と岡本健一だった。すごい。一方、この日は不調かと感じられたのが萩原流行。セリフは噛み噛みだし、真中瞳が地面に文字を書き出す場面で一度、興奮して言葉が出てこなくて、何だか忘れたが明らかに現代語を口走っちゃった。 蜷川作品にはたけし軍団のメンバーがよくキャスティングされているが、今回もグレート義太夫がギャグ的な役回りで登場して、重苦しい劇の中で笑いを取っていた。それと、兵士達が客席通路をうろうろする所、兵士がみな美形のイケメンばかりで、あいにく私はそっちの傾向はないけれど、こんなにたくさんの美男子を近くでまとめて見る事なんて普段はないから、なぜかちょっとクラクラした。 エアロンの赤ん坊を抱いた幼い少年が、声を限りにひたすら泣きわめく悲痛なラストは、シェイクスピアの台本にはないだけに、復讐の連鎖が止めどなく続いてゆくこの世界に対する哀切な感情がむき出しの生々しさで表現されていて、こちらも胸が痛んだ。 |