間違いの喜劇

作:ウィリアム・シェイクスピア

訳:松岡和子

演出:蜷川幸雄

出演:小栗旬、高橋洋、内田滋、月川悠貴、鶴見辰吾、吉田鋼太郎、瑳川哲朗、他

2006年2月25日 大阪、シアター・ドラマシティ

 蜷川シェイクスピアには珍しく、今回は喜劇。以前に『十二夜』と『お気に召すまま』を演出しているが、喜劇はそれくらいじゃないだろうか。今回初めて戯曲を読んでみたけど、悪名高い『ペリクリーズ』に勝るとも劣らない無茶苦茶なお話。主人公が双子なのに、その従者まで双子。それが生き別れになって、ある町で偶然一緒になり、容姿もそっくりなせいで大混乱が起きるというシェイクスピアお得意のプロットだが、何とこの二組の双子、それぞれ名前まで同じである。いくら何でも、そりゃないだろう。文章で読んでいると誰が誰だか分からなくなってくる。

 主演は今や人気絶頂、小栗旬。ニナガワ演劇は『ハムレット』の他、『お気に召すまま』でも成宮寛貴君と競演している。ちなみに今回も『お気に召すまま』に続き、男性のみで上演するというスタイル。ちなみに『お気に召すまま』は関西公演がなかったので、私は観ておらず、男性のみのシェイクスピアをみるのも今回がお初。

 ロビーに入ると、スネアドラムとトランペットという二人の大道芸人風ミュージシャンが演奏している。いい演出だ。ヨーロッパの街角みたい。ブザーの代わりに鐘の音が鳴り、場内が暗くなると、舞台にまばゆい光が降り注ぐ。美術が凄い。中央に大きな扉があり、蜷川作品ではお馴染み、巨大鏡が使ってある。舞台正面に立ちはだかる壁には何体もの彫刻が飾られており、ライトアップされて浮かび上がっている。ヨーロッパの建物や町並みを(再現するのではなく)引用した印象。

 同時に、客席背後からドラムとトランペットによる大道芸風のマーチが高らかに響き渡り、さっきロビーで演奏していたミュージシャン達が、色とりどりの衣装を着て騒ぐ出演俳優達を引き連れて、客席通路を舞台に向かって歩いてゆく。会場が一瞬にしてエネルギッシュな喧噪に包まれ、あっという間に劇の世界の出来上がり。正にマジックのよう。蜷川演劇は衣装も毎回凄い。時代考証に忠実かどうかは分からないけど、観客を日常から引き離す独自の世界観というか、ものすごい演劇的リアリティがある。

 しんがりで、くるくると身を躍らせながら舞台に向かうのは小栗旬。従者ドローミオ役の高橋洋と共に、舞台の縁に腰掛けてみたり、立ち上がって軽快にステップを踏んだり。全員揃った所で一礼。客席も大いに湧き、早くも割れんばかりの拍手喝采。又してもやられちゃった。ミュージシャン達は舞台脇にそのまま陣取り、音楽監督の笠松泰洋も演奏に加わっている。

 中央の扉を軸にして、人が出たり入ったり忙しい芝居。主演の二人はそれぞれ二役だから、ほとんど出ずっぱり、喋りっぱなし。高橋洋は、こういうコミカルな役は珍しいが、全身を使って飛んだり跳ねたりパワフルな芝居っぷり。やっぱりこの人、うまい。ここ最近、演技に対するストイックな姿勢を見せているオグリンも、これ又うまい。オグリンは、大河ドラマ『義経』でも落ち着いた渋い演技を披露、主役のタッキーを食ってしまうくらい存在感があった。女役の内田滋も、映画にドラマに活躍中のイケメン俳優だが、蜷川組初参加ながら器用な演技で、すごい存在感。見ている内に、俳優全員が男性である事も忘れてしまう。

 こうやって舞台に乗ったものを見ていると、本で読むほど複雑な構成ではなく、いかにもシェイクスピアらしい、誤解が誤解を呼ぶドタバタ劇という感じ。俳優達のオーバーな動作に合わせて、舞台脇に陣取ったミュージシャンがいちいち、ピコピコという歩行音とか、ヒュウウ〜ドタンなんて効果音を付ける。何だか昔の子供番組みたいで、休憩時間に妻に「あれはちょっとどうかなあ」なんて言ってると、彼女は「あれがいいんだ」という。そうか、あれがいいのか、分からないものだ。

 クライマックスに堂々と登場する尼僧は鶴見辰吾。背筋をピンと伸ばして、澄ました顔でスタスタ歩いてくる彼の姿には妙な雰囲気があって、まだ一言も発しない内に、客席からなぜか笑いが起こる。ラストの大団円、ついに二組の双子が鉢合わせをする場面で、客席から「あれえっ?」という声が上がった。そういえば、腹話術指導としていっこく堂の名前が出ていたのを思い出した。観客のリアクションからすると、この演出は大成功かも。全体に、ここ最近みた蜷川作品の中では最も楽しく、満足のゆく舞台。客席は、いつものごとくスタンディング・オベーション。

まちこまきメモ

 出演者が、最初に舞台に勢揃いし、音楽に合わせてステップを踏みながらおじぎをするのだが、この時点で、すでにおぐりんは、テレビで見るどの役のおぐりんでもなく、このお芝居の登場人物にしか見えないのだから驚く。まだ何も始まっていないし、何も喋っていないのに、もうすっかりお芝居が始まっているのだ。役のオーラを体全体から放っている感じ。この人は絶対すごい役者さんだ。パンフレットを読むと、蜷川さんに激しくダメ出しをされた、と書いてあったけど、全く信じられない。

 高橋洋も、見るたびに別人のようで驚いてしまう。こんな素晴らしい役者二人のかけあいを見てると、ありえない展開なのに、すんなり引き込まれてしまう。

 おぐりんと高橋洋がそれぞれに双子を演じていて、本で読んでるときには、こんなのどうやって演じるんだろう、と思っていたのだけど、そこは蜷川さん。さすがに変な小細工などなく、いたってシンプル。双子の違いは、外見的には衣装のマントの色が違うだけ、とかなんだけど、こっちも驚くぐらいよくわかる。一人二役だったり、男が女を演じてたりっていうのは、想像ではわからないおもしろ効果があった。本を読んでたらおもしろくないと思ってた所も、異常におもしろかった。大大大満足。

 

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