ブレヒト/ヴァイルの傑作、三文オペラ。個人的にも好きな作品だが、日本では上演の機会が少なく、実際に舞台を観るのは蜷川幸雄演出の公演以来まだ二度目。今回は演出家たっての希望で、ドイツの児童文学などを多数翻訳している酒寄進一が新訳を書き下ろした由。ロビーで本を大量に売っていたのはそのせいだったのか。新訳は、最近よく問題になっている若者言葉を敢えてふんだんに取り入れて、現代性を強調した趣。八十年前の作品でありながら現代にそのまま問題提起できるテーマを持つ本作の翻訳には、確かに最適な方法だったかも。 音楽の方も、今の人の耳に十分斬新と響くヴァイルの名曲。パンフレットのコメントで、多くの俳優がこの作品の魅力を「ヴァイルの音楽」と答えているのがその証拠かも。個人的には作曲家オリジナルのアレンジでやって欲しい所だが、今回はロック・バンドにサックスやアコーディオン、マンドリンなどをプラスした編成で、音楽監督にジャズ畑の三宅純を迎えている。しかし彼もヴァイルの曲はそのままで通用すると考えたそうで、コード進行や曲の構成はオリジナルのまま。もっとも、ヴァイルの音楽はコードが複雑なので、生演奏だとドラムのビートが和声感を吹き飛ばし気味で、メロディが伝わりにくくなっていたのは残念。 篠原ともえが歌の上手い人だというのは前から知っていたが、おそろしく難しいヴァイルのナンバーを大胆な振付けで次々に歌いまくる彼女には、どこか貫禄すら漂う。もっとも、本当に貫禄があったのは銀粉蝶で、この人、シャンソン歌手ばりの歌唱力を持っているのには驚いた。大人計画の猫背椿やWAHAHA本舗の佐藤正広、ジョビジョバの六角慎司など、有名な劇団の人もたくさん参加しているが、みんな見事に歌って踊って、さすがのエンターティナーぶりを発揮。シンプルなセット美術の中、役者さん達の多彩なパフォーマンスは輝きまくっていた。 俳優としても有名な白井晃は、題材の選択に独特のセンスをみせる演出家で、『血の婚礼』や『ファウスト』『ルル』など興味を惹かれるものばかり。サン=テグジュペリの名作を舞台化した『星の王子さま』なんて「こんな企画、成功する筈がない」と馬鹿にしながらテレビ放映を観ていたら、主演の宮崎あおい共々大健闘。結局泣いてしまった。そこでキツネを好演したROLLYもすごく良かったが、今回はそのROLLYが訳詞を手掛け、出演して歌って大活躍。舞台美術は工事現場の様なほぼ鉄骨だけのものだが、三階建てで縦方向の空間をうまく使っている。奥にステージがあって、そこでバンドが演奏しているのも面白い配置。縦横に走る電光掲示板には曲のタイトルや場面設定などが表示され、これで笑いを取ったりもしている。 人間社会の悪を暴きながら、誰を名指しで非難するでもない。搾取する側はまた搾取される側でもあり、小さな悪は巨悪に飲み込まれてゆく。毒気に満ちたブレヒトの台本は今の時代にも全く鋭さとパワーを失わず、スタッフにも出演者にも観客にも色々な事を考えさせる。しかも重苦しくならず、常にひょうひょうとした諧謔味を帯びている。ラスト、極悪人にとんでもない恩赦が下る場面は、単なるメタ・フィクションっぽいユーモアに留まらない、相当にパンチの効いた、舞台の外側に対してアクティヴな展開だと思った。無茶苦茶だけど、やっぱり凄い作品だ。 |