カリギュラ

作:アルベール・カミュ

訳:岩切正一郎

演出:蜷川幸雄

出演:小栗旬、勝地涼、若村麻由美、横田栄司、長谷川博己、他

2007年12月8日 大阪、シアターBRAVA!

 蜷川作品ではすっかりお馴染みになった小栗旬。今回はそんな彼のために演出家が用意したという企画で、アルベール・カミュが残忍なローマ皇帝の生き様を描いた戯曲『カリギュラ』。日本ではほとんど上演されてこなかった作品らしい。カミュの作品は有名な『異邦人』も含め全く読んだ事がなかったが、パンフレットの年表を見ていると結構演劇に関わりのあった人で、他にも戯曲を書いているし、俳優としても舞台に立っていたそうな。特にカリギュラという人物には思い入れが強かったようで、カミュ自身がタイトル・ロールを演じるつもりだったらしい。

 で、実際に見てみると、いかにもフランス近代演劇らしい徹底した論理と言葉の劇で、やっぱりサルトルに通じる実存主義的な思想に走るというか、多少なりとも気取った身振りもあったりする。私などはカリギュラというと、誰だったかが主演したエログロ大作映画を連想してしまうが、残虐な暴君といっても非常に知的で頭脳明晰。ともすると強い説得力すら伴う過激な論理を振りかざし、その実践として非道な悪政をしくというキャラクターになっている。だから、カリギュラが暴れ回るような動的な場面はほとんどなく、その代わりに難解で哲学的なセリフを延々と喋り続ける。この思想というのが、どこか実存主義と通底しているのが面白い(カリギュラが実際にこんな人だったかどうかは疑問だけど)。人生の不条理に対する挑戦というか。

 もともと会話劇なのを役者がよく動くよう演出したとはいうが、それでも全体的には叙情的でスタティックな場面が多く、時に場面は、朝比奈尚行による身の毛のよだつような音楽によって分断される。蜷川作品への参加は『白夜の女騎士』に続いて二度目という彼は、自ら主宰する劇団で作・演出の他、役者もしているというマルチな人。クラシカルな手法をベースにパンクも取り入れた斬新な音楽だが、蜷川作品には最低これくらいの過激さは必要と思う。今回の演出コンセプトはカリギュラ=パンクの王。三方の壁を覆う鏡を縁取る色とりどりのネオンが、場面によって様々な色の組み合わせで発光する。食卓の場面に登場する異常に細長いテーブルも、貴族全員が席に着くと壮観。

 小栗旬は、演出家が彼のために温めていた企画だけあって、何かが乗り移ったみたいな鬼気迫る演技で、水を得た魚のごとし。小栗=カリギュラが舞台に現れるとそれだけで空気が変わるというか、貴族達も観客も一瞬凍り付く。それでいて、ナイーヴな青年の雰囲気もある。カリギュラの暴走のきっかけが妹(同時に愛人)の死にある事が思い起こされる。彼の最後の叫び「俺はまだ、生きている!」というのが又、70年代アングラから出発した蜷川演劇らしいというか、格好良くて、でも格好悪くて、激しくて、演劇的で、すごくいい。ゾクゾクする。もっとも、貴婦人のコスプレで踊るという突拍子の無い場面もあるが、倒錯美を狙った雰囲気でもなく、私には全くちんぷんかんぷん。これって、原作ではどうなってるのだろう。客席は多数が小栗ファンの様子。カリギュラが最後に殺されてしまう所で、後ろの席の女性が「はっ! 刺された!」と小声で叫んだので笑ってしまった。

 カリギュラと不思議な距離感を保つ取り巻き達、特にカリギュラに愛憎半ばする感情を抱き続けるシピオンの勝地涼をはじめ、セゾニアの若村麻由美、ケレアの長谷川博己と、みんな力演しているが、特に素晴らしいのが蜷川作品ではお馴染みの横田栄司。低く、野太い声は相変わらずだが、今回は現代人っぽいくだけた喋り方で野性味も漂わせつつ、カリギュラの側近エリコンを好演。貴族達も、激論の場面など真に迫っていて、物凄い迫力。蜷川幸雄はやっぱり群衆演出が抜群に上手い。

まちこまきメモ

 あらすじを読んだ段階では、ちんぷんかんぷんな感じだったが、これが予想を覆すおもしろい舞台でびっくりした。難解といえば難解な舞台ではあるけど、思ったよりかは難解ではなく、おもしろかったのである(他人にこのおもしろさを説明するのは非常に難しいが)。

 人間の内面をじっと見つめさせられるようなお芝居で、登場人物それぞれの思想は違うし、カリギュラなどむちゃくちゃ危険で過激な思想の持ち主ではあるけれども、人間誰しもがどこか共感できることや、真実に迫るようなことをそれぞれが話していて、そういうのを聞いてるのがおもしろかった。小栗旬メインの、小栗旬のためのお芝居のような一面もありながら、小栗旬以外のキャストも非常に素晴らしく、みんなが光っていたのが何より良かった。こんな説明しにくい内容の舞台を2時間近く楽しんで見れたのは、才能のある若い役者さんがそろっていたからかもしれない。特に横田栄司がむちゃくちゃええ声で、もっと台詞喋ってくれないだろうか、と思うほどだった。今年は今までで一番たくさん蜷川さんの舞台を見た年だったが、カリギュラは私の中では今年の蜷川ベストワンだ!

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