日本一忙しい映画監督の異名をとる三池祟史による、二作目の舞台。前作は泉鏡花の『夜叉ケ池』で、武田真治、田畑智子、松田龍平が主演。これはDVDで発売されているので私も観たが、演劇初挑戦とは思えないような堂々たる演出ぶりで、いきなり凡百の演劇人達を大きく引き離してしまった感があった。映画の三池作品はあまりにも数が多いので、全てフォロー出来ているわけではないが、普通の映画好きにしてはかなり観ている方じゃないかと思う。少なくとも30本前後は観ている。「あれれ?」と首を傾げてしまうものも時々あるが、基本的にはどれも斬新で痛快な映画ばかり。『夜叉ケ池』を観た時も、彼は今の演劇界で唯一、蜷川幸雄の後継者となりうる人ではないかと思った程だ。 彼は以前にNHKの番組で、いつか監督したい作品の第1位に『座頭市』を挙げていて、その後数年もしない内に北野武が同作をリメイクしてしまったので、残念、三池版で観たかったのになあと悔しく思った憶えがあるが、ちゃっかり舞台で実現するとは恐れ入る。したたかな人だ。脚本を書いたのは映画でもよく三池監督と組んでいるNAKA雅MURA。未だに何と読むのか分からない名だが、彼もまた業界では天才の誉れ高い。ストーリーは北野武の映画とは全く別のお話。私は勝新太郎のオリジナルを観ていないので、それと共通する部分があるのかどうかも不明。 盲目の按摩・市。耳の聴こえない三味線弾き・八。この二人を中心とした、虐げられ、社会の隅っこで生きる人達の哀しい物語。大人計画の阿部サダヲがいつものパワフルな演技で一気にコメディの空気に変えてしまうので、一見笑いに溢れた劇みたいにも感じるが、いかにも男っぽい哀愁に溢れていて、幕切れも近くなると客席のあちこちから鼻を啜る音が聴こえてくる。私も泣いてしまった。三池演出は、回想シーンを取り入れたり(『夜叉ケ池』でもやっていた)、オープニングやラストの構成なんかは映画的なテイストがたっぷりだが、客席通路も使ったり、セット・チェンジを重ねて、最後は建物が崩壊したりと、舞台ならではの演出も。しかし底辺に生きる人達の物語でもあるし、会場に入ると客席からロビーに至るまでスモークをたいてステージから照明を当てていたりして、どことなく蜷川演出との共通点も感じる。 凄いのはクライマックスの殺陣。実際にはアクションの少ない劇で、本格的な殺陣といったらこの場面くらいしかないのだが、大勢の役者が入り乱れ、セットも回転させての大掛かりな殺陣は迫力満点。特に、遠藤憲一の刀さばきがサマになっていてかっこいい。哀川翔はこれが初舞台だそうで、登場・退場の際に妙にひょこひょこ歩くのが気になるが、これは役柄のせいなのだろうか。映画でもそうだが、三池作品は案外叙情的な描写に味わいを発揮する。今回も、夜の茶屋で酒を酌み交わしながらの、哀川翔と遠藤憲一の二人による長い会話シーンが素晴らしい。途中に挿入される回想場面のエピソードもドラマティック。緊張感溢れる音楽は、三池映画を一手に引き受ける遠藤浩二が担当。 一つ残念だったのはマイクを使ってしまった事で、セリフこそ聞き易いが、どうも臨場感がないし、役者の演技も上手いのかどうかイマイチ分からない感じ。音楽も効果音も大音響で鳴り響くが、ここまでやらなくても、役者に地声で芝居をさせてそれに音響レヴェルを合わせればよかったんじゃないだろうか。確かに梅田芸術劇場は広いホールだけど、『レ・ミゼラブル』はマイクなしでやっていたし。 |