ブロードウェイ・ミュージカルの「コーラスライン」が二十数年ぶりに来日公演。ブロードウェイには(というかアメリカ自体)行った事がないし、来日公演も観た事が無いので、私としては初ブロードウェイ。演目自体は、作曲家マーヴィン・ハムリッシュが大好きで、サントラを隅々まで聴き込んでいた事もあり、劇団四季の舞台を一度と、映画版を一度観た事がある。しかし、それも学生時分だから十五年くらい前の話。元々、劇団四季のスタイルは個人的に肌に合わないので、その時の印象もあまり芳しくなく、今回ケチって安い席にしてしまったが、結果から言えば素晴らしい舞台で、もっと良い席を取るべきだったと反省。何せ四階の中央最後列という、舞台を最も遠くから眺めるような席である。同じ演目でも、演じる人達によってこうまで印象が違うとは。 しかし、そんな遠くから観ても出演者のダンスは素晴らしく、圧倒されるほどの迫力。特に“The Music And The Mirror”を歌い踊った女優さんなんかは、ステージ上にたった一人にも関わらずパワフルなダンスで圧巻。客席からも熱い声援が飛んだ。アンサンブルも躍動感溢れるステージングと見事に統率された動きがお見事。黒人の俳優さんなんて、静止した状態で微妙にリズムを刻んでるだけでも、尋常ではないグルーヴ感が伝わってくる。 字幕はどうなるのか、チラシに説明がなかったのでもしかしたら原語上演そのままかと思っていたが、左右の電光掲示板に歌だけでなくセリフの字幕もちゃんと出た。さすがにセリフに間に合わず、遅れて字幕が切り替わる場面もあったが、生の芝居に合わせて字幕を出すのは相当難しいだろうから、充分鑑賞に耐えられるだけでも凄い事なのだろう。オーディションの一部始終を描く一幕物というシンプルな内容なので、それほど字幕に頼らなくても分かりやすい作品なのかもしれない。 伴奏は、オーケストラ・ピットに入ったバンドが生で演奏していて、録音ばかり使う劇団四季よりずっと聴き応えがある。“Nothing”や“Dance:Ten, Looks:Three”なんかは、サントラと較べても相当速いテンポで歌われていたが、この辺りは俳優と音楽監督の打ち合わせで変わるのかも。唯一の問題は、本来ミュージカルを上演するのに適さないような大きなホールを使っているせいか、歌も演技もマイクを使用している事で、せっかくのパワフルな歌唱も、スピーカーを通す事で金属的な響きを帯びてしまって残念。 ハムリッシュは非常に寡作だけれど、70年代に映画音楽の分野で、忘れ難い仕事を最低でも三つは成し遂げた人だ。一つは名作『追憶』、それからスコット・ジョプリンのラグタイムをアレンジして使った『スティング』、そしてカーリー・サイモンの素敵な主題歌が有名な『007/私を愛したスパイ』。持ち前のノスタルジックなメロディ・センスに加え、『コーラスライン』の音楽が見事だと思うのは、オーディションの作品に合わせてチャールストンやビッグバンド・ジャズなど30年代のスタイルを取り入れながら、あくまで全体を、ミュージカル初演時の観客と劇中ダンサー達にとっての現代、つまり70年代のテイストで一貫している所。モダンで快活だけれど、どこかセンチな哀愁がある、そんな感覚がバラードだけでなく、コミカルな曲やダイナミックなダンスナンバーにまで顔を覗かせる。さらに、成功するミュージカルの常として、ソングナンバーが粒ぞろいで、耳に残る名旋律が目白押し。 ストーリー進行や場面設定に関しては、あれ、こんなんやったっけ?という場面も多々あり、それは私が覚えていないだけなのか、映画版と舞台が少し違っていて記憶が混ざっているのか、どうも判然としない。サントラ(75年製作の旧盤)はソングナンバーを中心にして、セリフを歌にした部分、いわゆるオペラでいうレチタティーヴォをうまくまとめて編集してあったが、実際の舞台では、相当複雑なレチタティーヴォを繰り広げていて、驚くほど精緻な音楽作りを展開。これもしかし、元々こうだったのか、アンドリュー・ロイド=ウェバーみたいに再演の度に少しずつ手を加えているのか、劇団四季の舞台をあまり覚えていないので分からない。 それにしても、ザック(オーディションを進行させる演出家)ってダンスのシーンあったっけ?というのが一番の疑問。劇団四季のおっちゃんも映画版のマイケル・ダグラスも踊っていた記憶が全くないので、きびきびと踊ってみせたりする本公演のザックには驚いた。演出家の意図によりカーテンコールはなしという事だが、最後のポージングの時にも客席から大きな拍手と声援が送られた。客席、大満足。 |