久々の蜷川シェイクスピアで、いきなり7時間の長丁場。『ヘンリー六世』はシェイクスピア最初の戯曲でもあり、第1部から第3部まであって全37作品の内3つを占める大作だが、今回は前編と後編の二公演にまとめ、セリフを削って短くまとめたとの事。それでも休憩含めずに7時間だし、チケットをバラ売りしていないので値段も二公演分。原作を読むだけでも大変だった。それでも9時間あった『グリークス』や『コースト・オブ・ユートピア』よりはましなんだろうけど(そっちはチケット幾らだったんだろう)。 原作を読んだ印象は、ただひたすら貴族達がいがみあう話。まず、イギリスとフランスの戦争から始まって、次に国内の薔薇戦争である。これが、赤薔薇と白薔薇の対立だけでなく、派閥の中でも細かい対立がある上、裏切りも頻発するので、もう後半になってくると「また寝返りかよ」と食傷気味。いっぺんに全部観る劇ではないかも。 舞台もシンプルで演技主体だが、役者の頑張りが凄いので、まあ退屈はしなかった。掃除のおばちゃん達が舞台上の血だまりや、空から絶え間なく振ってくる薔薇の花を掃除するアイデアも、象徴的で面白い。現代の掃除夫達が舞台の上をウロウロしているのに、それでも中世の世界に引き込まれるのが演劇の不思議な所。最近ずっと起用されている、阿部海太郎の音楽もいい。 役者が凄い。まず、幼少のヘンリーを演じる子役の男の子が凄い。あんなに長くて難しいセリフを全部覚えて、なおかつ、並みいるベテラン役者達を相手にちゃんと演技をしている。その名も中島来星君。キッコーマンの広告に出ているらしい。大竹しのぶはいつも度肝を抜かれる女優さんだけど、今回も前半のジャンヌ・ダルクの時、バーガンディを説得してフランスに寝返らせる場面で魔術的な演技を展開。こちらまで催眠術にかかりそうな、恐ろしい芝居だった。後半のマーガレットの時も、男に馬乗りになってビンタを食らわすなど、驚きの演技続出。 一見頼りないヘンリー王は、上川隆也。氏が登場した時だけなぜか拍手が起こった。ファンの応援か。彼がぞんざいな扱いを受ける度に客席から笑いが起こるが、シェイクスピアの劇で笑いが起こる場合、大抵は台本通りだから凄いと思う。全てが普遍的。いかにも不甲斐ないヘンリーだが、「羊飼いに生まれた方がずっと良かった」というくだりは現代人の胸を強く打つ。思えば彼だけがまともなのであって、台本には反戦主義ともとれる場面も少なくない(誰の視点からでもセリフが書ける作家なので、鵜呑みには出来ないけど)。 後半から登場する高岡蒼甫がまた凄い。蜷川作品初出演ながら、後にリチャード三世となるグロスター伯リチャードを熱演。いかにも血気盛んで怒りに満ち満ちているが、目が離せないくらい魅力的でもある。この人主演で『リチャード三世』も観たいという気になる。奥さんの宮崎あおい共々、とんでもない演技派夫婦だ。そこまで演技派で、家庭はうまく行くのだろうか(余計なお世話)。若くて上手い役者さんはたくさん出ているので、「おおっ」と思う瞬間は多々あるのだが、それプラス特別な何かを感じさせる人となると、やっぱり高岡蒼甫や大竹しのぶなど、スター性のある人になってくるから不思議。 高岡君は、ちょっとした表情の作り方が天才的。兄弟で順番に罵倒されてゆく時など、自分の事を言われると天を仰いでポカンとした後、すぐに皮肉っぽくうなずいて「まあ、その通りかな」という感じで納得したり、他の役者さんがやらないようなユーモラスなアイデアが随所に盛り込まれている。『リア王』にも出ていた池内博之は、豊かな声でこれまた好演。出演者が多いのできりがないが、あと気になった俳優さんがサマセット伯爵の星智也という人。背がめちゃ高いのと、声がやたらと良いので、とにかく印象に残る。勿論、演技もお見事。 今回は、地方公演は大阪のみで、今日が初日。スタンディング・オベーションで良かった良かった。俳優さん達も満足げな表情。スケジュールはまず前編が12時から3時まで(途中休憩20分)。そこで一時間休憩。三番街のパン屋さんで軽く夕食。それから後編、4時頃から8時すぎまで。拘束時間で言ったらもう、8時間以上である。こんな劇、初めて。できれば、通し券は少し割り引きして欲しい。 |