トロイラスとクレシダ

作:ウィリアム・シェイクスピア

訳:松岡和子

演出:蜷川幸雄

出演:山本裕典、月川悠貴、塩谷瞬、内田滋、小野武彦、細貝圭、長田成哉、他

2012年9月8日 大阪、シアター・ドラマシティ

 蜷川シェイクスピア・シリーズは、諸事情があって5月の『シンベリン』に行けず、一回飛ばした形になってしまったが、それにしてもマイナーな戯曲が続いており、時にはメジャーなものも挟んで欲しい感じ。特に、近年の蜷川作品は日本の劇作家の舞台がメインで、その合間にシェイクスピアという形だから、ここ数年の間に演劇に目覚め、いわゆる古典作品を観たいと思っている観客は、一流の演出による古典劇が何も観られないという状況が続いているのでは。蜷川幸雄ほどの巨匠には、ギリシャ劇やチェーホフ、テネシー・ウィリアムズ、イプセンなど、古典をどんどん演出して欲しい。

 作品自体は、世に言われるほど悪くない。トロイ戦争を下敷きにしているので分かりやすいし、シェイクスピアのマイナー作によくある、物語の無謀な跳躍や不条理がない。オールメール・シリーズとしては初の悲劇だが、本作は女性の登場人物が少ないせいか、特に違和感もない。舞台全体に巨大なひまわりの花を敷き詰めたセットで、時折それをどけて、巨大な彫像を四つ置いたり。例によって客席通路も使っている。かみむら周平の音楽が秀逸で、蜷川作品らしい叙情的な和音も流れるが、オーケストラによるハリウッド風の勇ましい行進曲やモダンな曲など、他の作曲家とはタッチが違うのがいい。

 役者がみんなとても良くて、『じゃじゃ馬ならし』に続く主演の山本裕典をはじめ、若手が骨太な演技で頑張っていて気持ちが良い。ワイドショーを賑わせた二股騒動が収まったばかりの塩谷瞬も、私生活のドタバタを払拭するような堂々たる芝居。蜷川演劇でここまで演じられれば、井筒和幸ごときにボロクソ言われてもどうってこともない、立派な俳優だと思う。客席から笑いが起るアンサンブル場面もあるが、例によってそういうセリフがシェイクスピアの台本通りなのが凄い(もっとも、今年流行りの「ワイルドだぜい〜」をアドリブで放り込んだ役者もいたけど)。

 凄いと思ったのは、アキレウスを演じた星智也で、頭一つ抜けた威圧感のある巨体に、野獣のような厳つい美形マスクと筋骨隆々の肉体、その外見だけでも目を惹くのに、野太いバリトン・ボイスの迫力たるや、到底日本人とは思えないほど。それと、オールメール・シリーズでは久々の登場となる内田滋のカッサンドラ。狂気の予言者という感じの役柄だが、一歩間違えればお笑いコントになりそうな(なりかけてたかも)演技で、叫び声が独特の奇妙なイントネーションを伴っていて、不気味な存在感あり。又、小野武彦やたかお鷹の緩急自在な呼吸による軽快な演技も見事。

 今回はオールメールの上に、やたらみんなが半裸、もしくは全裸で肉体美を強調する舞台で、みんないつ鍛えているのかというくらいマッチョな身体を披露している。アキレウスが股間に葉っぱ姿で登場する場面は、この日は笑いが起ったが、東京では外国人の観客からブラヴォーの声が上がったと、朝の番組で塩谷瞬が言っていた。私は男性一人で観に行ったので(しかも前の方の良い席だったので)、周囲からはグレー・ゾーン(もしくは完全にそっち系)に見られていたかも。

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