わたしを離さないで

原作:カズオ・イシグロ

脚本:倉持裕

演出:蜷川幸雄

出演:多部未華子、三浦涼介、木村文乃、床嶋佳子、銀粉蝶、山本道子、他

2014年5月31日 大阪、シアター・ドラマシティ

 映画化もされて話題になった、日系英国人作家カズオ・イシグロの長編小説を舞台化。妻も以前に原作を読んでいて、今回はキャストも気になるので、『海辺のカフカ』以来約2年振りに夫婦で観劇。台本は『カフカ』のフランク・ギャラティ同様、妙な小細工をせず、原作をうまく整理してその世界観を端的に生かすスタイル(それでも休憩2回を挟んで4時間近く)。大きく違うのは、原作は一人称で書かれていて心理描写が多いのと、舞台版は場所の設定が日本になっていて、キャラクターも日本人の名前に変わっている事。

 演出は秀逸で、最初と最後に舞台上を舞うラジコンのヘリコプター、風に舞う大量のゴミ、防波堤の向こうにはじける波や水飛沫、生徒達のスローモーションなど、あの手この手で蜷川演劇の美意識を展開。特に凄いと思ったのが、ヘールシャムの教室の場面。普通、舞台で教室を見せる時は、左手に教卓と黒板を持ってきて、生徒達の机を横から見る格好に並べるものだが、ここでは舞台奥前面に教卓と黒板を配置し、生徒達は客席に背中を向けて座る格好。観客もまた生徒になったかのように、一緒に教官の講義を受けるようなイメージが斬新。見た感じもスケール感が違う。

 芝居は奇を衒った所がなく、素直に原作の世界に引き込まれるような演出。多部ちゃんはテレビドラマで見た時からセリフの発音が演劇的で、テレビには向かないと思っていたので、今回の起用は納得。声もイントネーションも、すっと背筋の伸びた立ち方も、全て舞台向きという感じである。びっくりしたのが三浦涼介で、身体の使い方も抜群に巧いし、セリフのニュアンスが無限にあるようで、とにかく多彩。これが初舞台の木村文乃は、ストレートな芝居だけど芯の強さが出て、役柄にぴったり。3人とも、キャスティングがうまくはまったと思う。

 大人組は、クライマックスのマダムの家の場面でのやり取りが、原作のイメージと感触が異なるように感じたが、そういう解釈もありなのだろう。ベテラン揃いなので、演技自体はさすがの貫禄。若者達はネクストシアターの俳優が多数起用されているようだが、平素から蜷川氏に鍛えられているだけあって、みんなうまい。ラストシーンは原作も切なくて泣けたが、舞台版の演出も、ほのかに漂う郷愁と透明な悲しみが印象的。

 劇中曲は、原作を読んだ時から実在するものなのか気になっていたが、パンフレットによるとカズオ・イシグロが作詞したものだそう。という事は、今回舞台で流れたムード満点の曲は、音楽担当の阿部海太郎が作曲したものに違いない。なかなかのセンスである。

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