久しぶりのチェーホフ。大好きな劇作家だけど、コメディ・タッチの妙な演出が多いので、なかなか観に行こうという機会がない。色々見てきて、心から共感できたのは蜷川幸雄演出の『かもめ』と『三人姉妹』くらいかも。今回はKERA meets CHEKHOVと銘打たれたシリーズで、『かもめ』に続く第2弾。ケラリーノの舞台に接するのは初めてだが、映画は観た事があって、それはよく分からなかった。KERAというと、私は筋肉少女帯のファンだったので、ナゴム・レコード仲間のバンド、有頂天のケラの印象がいまだに強い。 舞台は、これが素晴らしい演出でびっくり。本人もインタビューで言っているように、オーソドックスな演出なのだけれど、ちゃんとロシアの雰囲気や情緒も出していて、ここまでムードを掴んだ空間演出はなかなか出来るものではない。しかも、役者の演技を上っ面のドタバタみたいにしないで(そういうチェーホフ解釈が多い中)、ちゃんと心の深い所まで掘り下げている。チェーホフはやっぱり、人生がうまく行かないという諦観と悲哀が根底になければ、ユーモアもペーソスも何も出ないと思う。 チェーホフの戯曲は確かに、室内楽のように繊細な一面があるけど、同時に、思想や感情表現としては大陸的なスケールの大きさがあって、このスケール感を掴んでいない演出家が多すぎるように思う。ケラリーノ・サンドロヴィッチはそこを見事にすくい取っていて、蜷川幸雄がチェーホフから遠ざかってしまった今、優れたチェーホフ上演がまた観られる嬉しさに心が踊った。こんなに良いなら、『かもめ』も観に行っておくべきだったかな。 セット美術や照明も美しく、音楽のセンスも抜群。第1幕は奥行きのあるセット(一番奥の部屋の見えにくい所に、みんなが席に着くテーブルを設置している所が秀逸)と、ロシア文学の香り高い小道具、大道具が雰囲気満点。本物のピアノが置いてあって、イリーナが実際に弾くピアノの音で開始するオープニングもいい。又、舞台中央で回り続けるコマに照明を当て、そこにマーシャのセリフを被せる幕切れも詩的でドラマティック。 第4幕は、セット上部にまで達する巨大な白樺の木をたくさん設置し、右端に家屋をのぞかせて、空から時折枯れ葉が舞い落ちてくる演出で、全体に、どこか蜷川演出とも共通する雰囲気あり。衣装なども、リアルな感じ。この上演は翻訳者の名前がなく、上演台本がケラリーノになっているが、ちゃんと原作のセリフを使っているので、アレンジといっても場面やセリフの順序を入れ替えたり、割愛があったりする程度ではないかと思う。ダイアローグも、自分で翻訳したか、そうでなければ古今の翻訳を取捨選択しているのかもしれない。 スターが揃った豪華役者陣は、大きな事件の起らない地味なアンサンブル劇を観客に親しみやすく伝えるのに持ってこいのキャスティング。特に主役陣はみんな、さすがという他ないほど役の性格をよく掴んでいて、文句なしに上手いのだけれど、そんな中、びっくりしたのがアンドレイを演じる赤堀雅秋。何とも拍子抜けするような、ほんわかした発音で強烈な存在感を示したと思ったら、第3幕の見せ場で感情を爆発させる大熱演。役の本質を衝く表現で、さすがは劇作家/演出家、映画監督でもある才人。 又、老けメイクをして軍医を演じている段田安則も、持ち前の野太い声と緩急巧みな芝居が迫力満点だし、大人計画の近藤公園が演じるトゥーゼンバッハも、ナイーヴな優しさが役に合っていて、この人はシリアスな演技もとても様になる印象。 |