夏の夜の夢

作:ウィリアム・シェイクスピア

訳:小田島雄志

音楽:宇崎竜童

演出:蜷川幸雄

出演:大沢たかお、つみきみほ、山下裕子、瑳川哲朗、白石加代子

   松田洋治、大石継太、石井喧一、深沢敦、他

1995年8月12日 大阪、近鉄アート館

 大学でシェイクスピアを専攻したのに当時は全然面白いと思わなかった私だが、最近急にハマりだして、ついに舞台を観にきてしまった。きっかけはテレビでやっていた、グローブ座カンパニーの『夏の夜の夢』。シェイクスピアの劇が、実際に舞台に乗るとこんなに面白いものかとびっくりしたのが最初だった。日本の廃校を舞台にして、派手に歌謡曲を歌ったり、これみよがしにニーノ・ロータの音楽を使ったりする演出には疑問を感じたけど、シェイクスピアを舞台で観る面白さはほとんどカルチャーショックだった。大体、本で読んでいると、誰が登場して誰が退出して、今舞台の上に誰と誰がいるのか、そういう細かな状況までとても想像しきれず、分かりにくかったりするのである。

 そもそも、生の演劇というものもほとんど観た事がない。劇団四季のミュージカルだけはたくさん観てきたが、ストレートプレイはずっと敬遠気味だった。どうせ観るなら世界のニナガワで、という事で今回の『夏の夜の夢』。と言っても、蜷川作品も前にテレビで『王女メディア』を観ただけで、それもなぜか高熱で寝込んでいる時だったので、所々意識が飛んだりしてあまり覚えていない。

 さて、近鉄百貨店の中にあるこの劇場、来るのは初めてだが、百貨店の上階にあるにしてはかなり広い空間。中に入ると、中央に長方形のスペースがあり、そこに白砂が敷き詰められて、所々に岩が配置されている。京都・龍安寺の石庭を模してあるらしい。その周囲を、舞台を見下ろすようにぐるりと客席が取り囲み、最前列は舞台と同じ高さになっている。劇場としてはそれほど広くないので、これだけでものすごく一体感がある。

 劇が始まると、ピンスポットを当てた砂が幾筋も舞台に落ちて来て、森の木々を象徴する他、赤い花が芝居の間もぽとりぽとりと落ち続ける。ものすごい美意識。そこへ、歌舞伎風か、京劇風か、平安時代の宮廷風か、何と形容したらいいのか私には分からないが、目にも鮮やかな絢爛たる衣装を着た出演者達が登場。これだけでもう、完全に魅了される。もっとも、劇自体はドタバタ調のコメディなので、客席が大いに湧く。それにしても、シェイクスピアのセリフのなんと美しく、洒落ていて、見事なこと。小田島雄志の訳がまた、ウィットに富んでいていい。

 一方、芝居の出し物を練習する職人達の場面は、昭和の下町人情ものみたいなタッチで演出されていて、自転車に乗ってきたり、中華鍋を持ってじゅうじゅう料理したりなんかする。ボトムの顔がロバに変えられてしまう所は、驚いて逃げ惑う職人達の姿をスローモーションで演出。会場、大ウケ。若手の役者もみんな好演で、生き生きした楽しい舞台だ。特にユニークなのが妖精パックで、舞台上に登場するのは宙返りなどのアクロバットを繰り広げる京劇の俳優、セリフの方は松田洋治による影マイク。もっとも彼も、声だけの出演ではなく、フィロストレートの役も担当。

 このプロダクション、シェイクスピアの本場イギリスで(しかも字幕なしの日本語上演で)大成功を収め、これはその凱旋公演に当たるという。蜷川幸雄は、ギリシャ劇の『王女メディア』も本場ギリシャの野外劇場で上演して歴史的大成功を収めているが、今回の舞台を観ても、その独創的でパワフルな才能には圧倒される感じ。なんだか、凄いものを観てしまった。

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