“圧倒的な映像体験! 深い精神性に裏付けられた、詩情溢れるノルシュテインの短編集”

ユーリ・ノルシュテイン作品集

 

 当コーナーで取り上げているアニメーションは、テレビ向け作品などの大衆的なものがほとんどですが、そんな中、一級の芸術品としてロシアのみならず世界中で高く評価されているのがユーリ・ノルシュテインの作品群です。彼自身は作画に携わらず、夫人のフランチェスカ・ヤルブーソワがデザインした背景やキャラクターを切り絵の手法でアニメートしていますが、ほのぼのと可愛らしい動物達の造形、そして深い精神性と詩的な含蓄に富んだ映像世界は、アニメに馴染みのない一般の映画ファンすら惹き付けて止みません。

 特に、長さの点でもひときわ目立っている『話の話』は代表作と言えますが、これなどは映像詩と呼ぶにふさわしい抽象的な作風で、内容を要約するのは不可能に近いものがあります。当DVDは、監督作品だけでなく、アニメーター時代の作品も収録していて、なかなか完備した内容。現在彼は、ゴーゴリ原作『外套』のアニメ化に取り組んでいますが、80年代から製作を開始しながら、未だに完成していない事でも業界の注目を集めています。私も、この作品が観られる日を心待ちにしています。

『25日・最初の日』(1968) 9分

 A・テューリンとの共同演出で1917年の十月革命を描いた初監督作。早くもここで切り絵の手法を用い、当時の漫画や実写映像、文章の引用など、様々な素材をコラージュしています。後の作品とは少々タッチが異なりますが、キュービズムの影響なども感じさせる斬新な小品で、冒頭の無人の広場の描写からしてただならぬ雰囲気が漂います。ショスタコーヴィチの音楽を使用。

『ケルジェネツの戦い』(1971) 10分

 キエフ公国が998年にスラヴ地方統一を果たすまでを描いた、凄まじいコラージュ。シネスコ・サイズの画面の中、中世のフレスコ画や細密画などを切り絵として大胆に配置していますが、戦争シーンの圧倒的スペクタクル、荘厳な美術デザインなど、絢爛たる映像美には度肝を抜かれます。旧ソ連アニメーションの父と呼ばれた、『せむしの仔馬』のイワン・イワノフ・ワノーが共同で監督。リムスキー=コルサコフの音楽を使用。

『狐と兎』(1973) 12分

 ザグレブの国際アニメーション映画祭でグランプリに輝き、ノルシュテインの名を一躍高めた作品。前二作からは一転、民話をモティーフにしていて、可愛らしいキャラクター、民芸刺繍や紙芝居を思わせる装飾的な画面構成など、正に動く絵本といった趣。カラフルでありながらも格調が高く、ポップな軽さは皆無です。この作品から、監督の奥さんであるヤルブーソワが全ての作画・演出を担当しています。

『あおさぎと鶴』(1974) 10分

 こちらもロシア民話を原作にした作品ですが、色彩豊かな『狐と兎』と対照的に、モノクロに近い抑えた色調をベースにして繊細な味わいを追求しています。もっとも、鮮やかな色はその為にかえって効果的に使われていて、所々で弾ける微妙な色彩も格別。世界中の映画祭で数多くの賞に輝いた作品です。

『霧につつまれたハリネズミ』(1975) 10分

 タイトル通り霧が立ちこめる世界をハリネズミがさまよう、ノルシュテイン一流の詩的ムードに溢れた、抗し難い魅力を持つ傑作。ヤルブーソワが描くハリネズミも大変に愛らしいものですが、フクロウや白馬、子熊、犬、コウモリなど動物達の描写や、枯れ枝、落ち葉、ろうそく、風呂敷包など小道具の効果も秀逸です。ストーリーも一筋縄では行かない、極めて幻想的なもの。

『話の話』(1979) 29分

 ノルシュテインの代表作。内容は抽象的で難解ですが、難解と取るか詩情豊かと取るかによって味わいは違ってくるだろうと思います。水滴の滴る青リンゴ、人の赤ちゃんを抱く狼の子、疾風のごとく駆け抜けてゆく列車、熱々のじゃがいも、牛が回す縄跳びで遊ぶ少女‥‥ロシアで一番古いと言われる子守唄をベースに、狼の子の目を通して戦時下の社会を描く映像詩ですが、作品はさらに多層的で詩的なディティールの連鎖によって構成されています。とにかく観てもらうしかないというのが実情ですが、本作には、スタジオ・ジブリの高畑勲が全編を詳細に解釈した本も出ているので、下にリンクを貼っておきます。音楽は、バッハやモーツァルトの他、『疲れた太陽』というタンゴも印象的に使われています。これはロシア/東欧圏で大ヒットした曲だそうですが、私の知る限り、ニキータ・ミハルコフ監督の『太陽に灼かれて』とクシシュトフ・キェシロフスキ監督の『トリコロール/白の愛』でもうまく使われていました。何とも物悲しいメロディを持つ、私も大好きな曲です。

《スタッフ参加作》

『愛しの青いワニ』(1966) 9分

 画家を夢見ていた頃のノルシュテインがアニメーターとして参加した、W・クルチェフスキー監督の人形アニメ。純情なワニの恋物語をユーモラスに、そしてリリカルに描いた一篇ですが、ジャズ風ともクラシック風ともつかぬモダンな音楽や、ポップで斬新なデザイン・センスは、一見の価値ありです。

《スタッフ参加作》

『四季』(1969) 9分

 『ケルジェネツの戦い』で共同監督をしているイワン・イワノフ・ワノー監督が晩年に製作した人形アニメ。ノルシュテインは助監督及びアニメーション監督として参加しています。チャイコフスキーの哀愁漂う音楽に乗せて、溜め息が出るほど美しく、繊細な映像を紡いでゆく様は、人生の輝きやはかなさをも如実に感じさせます。このような深い陰影に富んだ表現に接すると、ロシアの芸術家達の懐の深さ、感性の豊かさに思いを馳せずにはいられません。

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