“激動に揺れるヨーロッパの「今」を記録する画期的な写真集シリーズ”

『In-between ハンガリー、エストニア』(EU・ジャパンフェスト日本委員会) 

 米田知子

 今なお激動の時代にあって、急速な変化を遂げつつあるヨーロッパ。そのヨーロッパの“現在”を写真にとどめてゆこうという、EU・ジャパンフェスト日本委員会の「Europe Today」プロジェクト第1弾がこのシリーズです。具体的には、日本の写真家13人がそれぞれEU加盟国二カ国で撮影を行い、写真集を製作するという企画で、これは、1999年より開始されている、ヨーロッパの写真家が日本を撮影するプロジェクトと相関関係にあります。

 参加した写真家はホンマタカシ、港千尋、尾仲浩二、小野博、野村恵子、本山周平、野口里佳、今井智己、松江泰治、鬼海弘雄、吉増剛造、金村修、米田知子の13人。非加盟国のノルウェーとスイスが外されているのは当然とはいえ残念ですが、個性の異なる各写真家のアプローチは、ヨーロッパ好きの私にとっても、どこか胸躍るものがあります。海外の風景や文化を対象にした写真集というのは、案外ありそうでないものなのですが、こうやって、“ヨーロッパの今の姿を捉える”という明確なテーマに基づく写真集が、シリーズで並ぶ様は壮観です。快哉を叫びたいと思います。

 米田知子は、歴史上の人物の眼鏡を通して関連事物を撮ったシリーズや、過去に事件があった場所ばかりを撮影したシリーズなど、一筋縄ではいかないアイデアで歴史や記憶を表現してきたフォトグラファー。ハンガリー、エストニアといっても、ブダペストやタリンの風光明媚な観光地には目もくれず、ベルリンの壁崩壊の引き金を作った場所とか、対ソ・レジスタンスの隠れ家だった場所などを、ひたすら現在の視点から追い続けています。勿論、写真として美しくないわけではないのですが、最後にまとめられたキャプションを見なければ「一体、なんでこんなものを撮っているんだろう?」と思ってしまうような写真も結構出てきます。

 他の写真家では、ポーランドの新興住宅地と、デンマークでアルネ・ヤコブセンによる建築空間を撮ったホンマタカシ作品や、北国のスウェーデンと南国のイタリアを対照的に捉えた野村恵子作品が面白いと思いました。もっとも、他のは書店でパラパラ立ち読みしただけ(失礼!)なので、見る人の好みによって、じっくり楽しめる作品はまだまだあるでしょう。

 テーマからすると、何万円もする豪華本を想像しがちですが、実物はかなりコンパクトなサイズで、各巻税抜で二千円とリーズナブルなのも魅力です。惜しむらくは、発行部数が少ないせいか、発売されて間もないというのに、大手オンライン書店でも“在庫切れ”の文字が目立つ事ですが、私が数冊購入した2005年11月時点ではまだ大阪の大型書店に並んでいましたし、雑誌でも紹介されているのを見かけたので、状況によって増刷されるのかもしれません。

“シリーズ各巻に収録されなかった写真を集めたIn-between番外編オムニバス”

『In-between 13人の写真家 25カ国』

(EU・ジャパンフェスト日本委員会)

 こちらはシリーズ別巻の扱いで、各写真家が「人」「言葉」「食」など、あらかじめ言い渡されたテーマに沿って撮影してきた写真をまとめたもの。いわゆるオムニバス的な内容で、写真は既刊に収録のものと重複しません。当然ながら、同じテーマでも各写真家のリアクションは様々で、素直にテーマに沿っている人や、敢えて反抗的に皮肉っぽく撮る人など、あまり統一感がなく、それが逆にヨーロッパらしかったりもするのも面白い所です。既刊の写真集ではモノクロ撮影で通していた人も、この本にはカラー写真を寄せています。それぞれの写真は、柔らかくて美しい絵画的なものや、鋭い問題意識に基づくもの、可愛くておしゃれなものや、スナップ風、ジャーナリスティックなものなど、やはりスタイルが色々で楽しめます。

 こうやって一冊にまとまったものを見ると、あの、ヨーロッパ特有の重層的な歴史観というのか、民族意識や文化、地域性というものが、相当複雑に折り重なっている様子が如実に感じられてきます。私達日本人の目には既に確立されているように見える各国の個性ですが、それぞれの国が持っている現在のアイデンティティというのは、度重なる争いや支配・被支配の歴史、国境線の移動によって形成されてきた部分も大きいわけで、それは又、これからも少しずつ変化してゆくかもしれないものなのです。

 統一感の喪失から、再び新しい形の統一へ向かっているヨーロッパですが、各国の風景や文化は確実に似通って来ているといわれています。実際、私達のような旅行者が観光で訪れても、どこの国にでもあるようなお店や風景を目にする事はしばしばです。それが良い事なのか悪い事なのかは、なかなか一口には言えないのかもしれませんが、私達のようなアジア極東の地に住む人間から見ると、ヨーロッパの多様性が失われてゆくのは、やっぱりちょっと、寂しい気持ちがしますね。この企画と、さらにはEUの経済統合が、ヨーロッパにとって、そして世界にとって、最善の方向に向かう事を心から願いつつ、この写真集のページをめくる今日この頃です。

*   *   *

 

Home  Top