“日本文化に精通したキーン博士による伝統芸能入門の決定書”

能・文楽・歌舞伎(講談社学術文庫)

 ドナルド・キーン  訳:吉田健一、松宮史朗

 数十年にも渡って日本文化を研究し、ひょっとしたら日本人よりも日本の伝統芸能に精通しているかもしれないドナルド・キーン先生による入門・研究書。各分野の歴史、発展の経緯から現況に至るまでを詳しく解説したものすごい本で、外国人の記述とは到底思えません。能に関連して狂言にも言及されているので、我が国の代表的な伝統芸能に関しては、この本一冊で網羅できる形です。

 私の場合、外国人の視点から書かれているという事で、日本人ビギナーにも分かりやすいかと思って買ったのですが、文章が思いがけず硬質で、かなり読みにくい印象も受けます。例えば狂言なら、より砕けた雰囲気の野村萬斎や茂山兄弟の本を読んだ方がとっつき易いのでしょうが、能・狂言・文楽・歌舞伎の全てに渡って一冊でこれだけの内容を完備した本は、あまりないかもしれません。それよりもこの人、なんでこんなに詳しいのでしょう。なんか恐いです。ドナルドとかいって、本当は日本人なんじゃないでしょうか。

 さて、私はどの分野にもあまり明るくありませんが、素人目線から敢えてこの中で言うと、何度行っても楽しいのは狂言です。いつも大笑いして帰ってきますし、全体的に大らかな雰囲気があって好きです(関西人であるせいか、茂山家の狂言にはより親近感を覚えます)。文楽は、人形劇という事でかなり興味をそそられたのですが、ビギナー向けの文楽鑑賞教室に行ってみた所、あの三味線と太夫によるモノトーンの音響にまろやかな眠気を誘われ、図らずも夢とうつつの狭間を漂ってしまいました。歌舞伎はTVでしか見た事がありませんが、これまた文楽鑑賞教室と同様、妙なるまどろみに再三に渡って導かれ、いまだ入門には難儀している次第です。これはしかし、演目にもよるかと思われます。最初から意気込んで近松などに挑戦したりせず、もう少し視覚的スペクタクルのある出し物から入った方がいいのかも。

 尚、講談社学術文庫に対してはいつも思う事ですが、内容の威厳を反映してか、価格の設定がかなり強気の姿勢になっており、いささかの反感を覚えずにはいられません。確かに、飛ぶように売れるタイプの本ではないでしょうから、あくまで学術向けという事で妥当なコスト・パフォーマンスなのかもしれませんが、学術文庫の看板で足下を見られたような複雑な気持ちも相半ばし、思わず、古本屋や古書サイトで探しまくるという消極的な作戦でささやかな抵抗を試みたくもなります(大抵は徒労に終わります)。

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