“バロックの調べが聴こえてくる、有元利夫の静謐な世界”

日経ポケット・ギャラリー『有元利夫』 (日本経済新聞社)

 私は美術に詳しい方ではないので、そう始終ではありませんが、美術館に行ったり、図録などを見ていると、時折、音楽がきこえてくような絵に出会う事があります。デュフィの絵などはその最たるものというか、私にはほとんどもう、音楽そのものという感じがするのですが、ここに取り上げる、有元利夫という人の絵は、デュフィのようにポップでカラフルなものではなく、もっと静かで、古風な、バロック音楽の雰囲気を漂わせているように思えるのです。

 劇場の舞台を思わせる背景に、中世のフレスコ画風の人物を配し、絵の表面を引っ掻いたり削ったりして人工的に風化させた彼の作品群。その、穏やかで雅趣に溢れた静謐な世界から、バロック音楽の調べが聞こえてくるのは、何も偶然ではなくて、実際に画家がバロック音楽に惹かれているせいもあるでしょう。何しろ彼は、製作中のBGMにもバロックを流し、趣味でブロック・フレーテを演奏したりするのです。又、バロック作品と関連させた雑誌の連載企画も行っているし、CDのジャケットに絵が使用されたりもする他、作品のタイトルにも『重奏』『古曲』『厳格なカノン』『楽典』『ソナタ』など、音楽用語をよく使っています。

 残念ながら彼は1985年、僅か38歳で夭折してしまいますが、その後も作品展があちこちで行われ、そのチラシをたまたま目にしたのが私と有元作品との出会いになりました。大部の全集を除けば、彼の画集にはあまりお目にかかれませんが、日経ポケットギャラリーの一冊として出ているこの画集は、未亡人の有元容子が編集し、画家の残したコメントと共に40点の作品を選んだもので、お値段も千円ほどと、特に美術愛好家でなくてもお買い求めやすい本になっています(とは言っても、残念ながら現在絶版のようなので、古本で探すしかないかも)。ぜひ手許に置いて、春先や秋が深まってきた頃になど、窓辺で静かに眺めたい一冊。

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