“苛酷で凄惨な日常をユーモアも交えて克明に綴る、イラク人OLのブログが書籍化”

『バグダッド・バーニング イラク女性の占領下日記』 (アートン)

 リバーベンド  訳:リバーベンド・プロジェクト

 今もまだ治安が安定しないイラク。新聞には毎日のようにテロや銃撃事件の記事が載っていますね。そんなイラクで、米軍による占領直後から、インターネット・ブログで日記を発表し続けているバグダッド在住の女性がいます。ペンネームはリバーベンド。本書は、この話題のブログを、翻訳家、NGO活動家など九人の日本人女性のチームが翻訳・出版したものです。

 まだ二十台という若いリバーベンドの日記には、あまりにも苛酷で屈辱的なイラクでの毎日が、克明に、そして時にはユーモアすら交えながら、親しみ易い文章で軽妙に綴られています。それは、一般市民の目から見た戦争の生々しいレポートというだけでなく、彼女達が政治や宗教や世界についてどう考えているかという事から、イラクの文化や風習の紹介、各宗教・宗派の位置づけ・性格に至るまで、極めて多岐に渡る話題に言及されていて、イラクやイスラム文化に全然詳しくない私にとっては、ほとんど、カルチャーショックに近い驚きがありました。

 そして、大らかで、寛容で、凄惨な状況下にあってもユーモアと思いやりを忘れないイラク人の気質。私は本書を読んで、イラクの人達が大好きになってしまいました。著者が言うように、どんな宗教にも、どんな国家にも、過激派や原理主義者はいます。それが即、その宗教や国のイメージになってしまうのは悲しい事です。この本から見えてくるイラク人の生活は、一般的な日本人よりはずっと宗教的な行事や思想を尊重しているものの、エアコンの効いたオフィスで仕事をし、街でショッピングを楽しみ、ブリトニー・スピアーズのCDも聴けばハリウッド映画も大抵観ているという、基本的には私達とはさほど違わないものです。そんな人達の家を“家宅捜索”と称して荒らし回り、理不尽で残虐な暴行を続ける米軍兵士たち。そうやって、何の罪もない一般市民達が強制連行され、地獄のような刑務所に送り込まれてゆきます。

 アメリカがイラクで何をやっているか、という事については、ある程度私も予測していたつもりでした。あの国がベトナムで、そして旧ユーゴで何をやったかを思い出せば想像は付く事ですから。しかし、リバーベンドのブログで明かされる米軍(時には英国やスペインの軍隊も)の極悪非道ぶりは、想像の域を遥かに越えています。何の根拠もない大量破壊兵器の存在を理由に他国を占領し、テロとは何の関係もない平和な住宅地を次々と爆撃し、幼い子供達も多く含む無実の人々を大量虐殺してゆく。テロリストは一体どちらなのでしょうか。

 勿論、この本の内容が全て真実であるという保証はどこにもありませんが、著者リバーベンドの記述とアメリカ政府の発表のどちらを信じるかと言われたら、答えはバカバカしくてお話にならないほどはっきりしているように思えます。メディアの報道が偏った情報である事も、言うまでもありません。アメリカ同時多発テロの大々的な報道に比して、同じ様な惨事が頻繁に起こっているイラクの状況は部分的にしか報道されない、この事に疑問を抱くイラクの人達の気持ちもよく分かります。恐ろしい事に、日本はこの占領行為の片棒を担いでしまっているのです。現地の自衛隊がどのような活動に従事しているにせよ、アメリカに協力しているというその一点において、イラクの人達には既に日本に対する敵意が芽生えてしまった事が、本書からも分かります。

 ここには、突然外国の軍隊に占領され、到底受け入れ難い傀儡政権を押し付けられたイラク国民の困惑と怒りが明瞭に現れています。リバーベンドは繰り返し言います。“では、他に誰を選ぶのか。こんなやつに替わるべきなのは、イラク国内で国民と共に暮らしてきたイラク人だ。サダムと手を結ばなかった、またCIAとも手を結ばなかったイラク人。ブッシュは「あなたがたは我々と共に進むか、あるいは反対するか、どちらかだ」と言ったが、これは誤り。世界は黒と白だけではない。この戦争に反対で、なおかつサダムにも反対という人々が大勢いる。この人々は無視されている。その声は取り上げられない。ワシントンやロンドン、テヘランにいないからだ。”

 私はこの本、出来るだけ多くの人に読んで欲しいと思っています。誰だったか「どんなニュースや政治の本を読むよりもイラクの実情がよく分かる」と書いている人がいましたが、同感です。胸が張り裂けそうなページも多いですが、学校の授業でサブテキストとして取り上げて欲しいくらいだと思いました。本書には2003年8月17日から2004年5月22日までの日記が収録されていますが、ブログはその後も続き、本書の続編も出版されているので、私も読んでみようと思っています。

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