*科学 〜ガチガチ科学じゃなくて文系の人向き〜

◎目次

 『ざんねんないきもの事典』 今泉忠明  

 『科学の扉をノックする 小川洋子 

 『宇宙からの帰還 立花隆

 『HSTハッブル宇宙望遠鏡がとらえた宇宙 沼澤茂美、脇屋奈々代 

 『ルリボシカミキリの青 福岡伸一 

 『愛しのブロントサウルス』 ブライアン・スウィーテク 

 『幻の動物たち』上下 ジャン=ジャック・バルロワ 

 『アースワークス 大地のいとなみ』他 ライアル・ワトソン  

“子供だけでなく親もハマる、びっくり仰天のコミカルな生物生態集”

『おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』

 監修:今泉忠明  (高橋書店)

 最近、児童書のコーナーに平積みされているのをよく見かけるので、こんな本が人気なのかと思っていたら、気がつくと甥っ子姪っ子が読んでいて、さらに気がつくと、祖母からプレゼントされてうちの子も読んでいました。様々な生き物の残念な生態や特質を、イラスト入りで紹介した事典です。続刊もあり。

 ひらがな表記も多い子供向けの本と侮っていると、手にとった親はびっくり仰天。ページをめくる手が止まらなくなること請け合いです。驚くべき記事の連続で、そもそも、チョイスされた生物自体を知らない事すら多いです。文章はユーモアたっぷりで、ほぼオールカラーのイラストにも細かいギャグをふんだんに挿入。唯一の欠点は、うんちネタがやたら多い事でしょうか(子供達は大喜びですけど)。

 著者は文部省、環境庁でイリオモテヤマネコ等の生態調査に関わった後、上野動物園の動物解説員を経て、動物関係のライターをしている人。過去にも『猛毒動物 最恐50』『外来動物 最悪50』『危険動物との戦い方マニュアル』など、ユニークな切り口の本をたくさん出しています。

“あくまでも著者の主観が綴られる、マニアックでユニークな科学エッセイ”

『科学の扉をノックする』

 小川洋子  (集英社文庫)

 『博士の愛した数式』などの作家・小川洋子が、様々な科学者に会って話を聞く科学エッセイ。科学に詳しくない人の代表として著者が話を聞く体裁で、文章も平易ですが、先端科学や結構突っ込んだ話も出てきます。ただ、本書はインタビューでも対談でもなく、あくまでエッセイですので、基本的には著者が感じた事、思った事を綴るのが目的。客観的事実を解説する科学入門書ではありません。取材相手の言葉も、引用程度にとどめられています。

 その分、著者のユーモア感覚は随所に散りばめられていて、小川洋子ファンには楽しい本だと言えるでしょう。各章で取り上げられている科学者は、国立天文台の渡部潤一、鉱物科学研究所の堀秀道、遺伝子の専門家・村上和雄、高輝度光科学研究センターの古宮聰、粘菌の研究者・竹内郁夫、遺体科学の遠藤秀紀、そして阪神タイガースのトレーニングコーチ・続木敏之。

 最後の一人は野球好きの著者らしい強引な人選ですが、遺伝子学の教授が語る“サムシング・グレート”の考え方は、科学を飛び越えて哲学、宗教にも関わってくる感動的なお話だし、光科学の超巨大施設スプリングエイトの描写に圧倒された後、種類や数を問わずあらゆる動物の遺体を無差別に収集する遺体科学という学問に驚き、最後は著者の野球ファンぶりにほんわか笑って読み終わるという、よく練られた構成。

“NASAの宇宙飛行士達の実体験を取材したエキサイティングなノンフィクション”

『宇宙からの帰還』

 立花隆  (中公文庫)

 ロッキード裁判から臨死体験まで、驚くべき守備範囲を誇るライター・立花隆による、知的好奇心旺盛な方にうってつけの本。アポロで宇宙に行ったNASAの宇宙飛行士達に取材した本書は、飛行士に求められる信じ難いほどの知力、体力、精神力や、課せられる仕事の過酷さ、困難さから、彼らの内的体験や世界観の変化、地球帰還後の人生に至るまで、徹底したインタビューと参考資料で明らかにする、実にエキサイティングなノンフィクションです。

 宇宙から帰還した飛行士の中には、宗教の伝道者や政治家になった人がいたり、精神を患った人がいたり。飛行士の資質、人間性によって、宇宙飛行という衝撃的体験が個人に与える影響も違ってくるわけです。自分達の人生を包括する「地球」という「全世界」を宇宙空間から遠くに眺めるという、通常ありえない視点を人間にもたらす宇宙飛行は、飛行士達の世界観を一変させ、「宇宙に行く前と行った後では、同じ人間ではありえない」とまで言わしめます。

 その一人、ドン・アイズリはこう発言しています「眼下に地球を見ているとね、このどこかで人間と人間が領土やイデオロギーのために血を流しあっているというのが、信じられないくらいバカげていると思えてくる。声を出して笑いたくなるほど、それはバカげた事なんだ。地球にいる人間は、結局、地球の表面にへばりついているだけで、平面的にしかものが見えていない。平面的な相違点がやたらに目につく。その、違いと見える全てのものが、宇宙から見ると全く目に入らない、マイナーな違いなんだよ。宇宙からは、マイナーなものは見えず、本質が見える。相違は現象で、本質は同一性である。同じだという認識が足りないから争いが起こる」

 こういう画期的な内容の本は他に存在しなかったわけですが、著者自身も結びで「このインタビューほど知的に刺激的であった仕事は数少ない」と告白し、宇宙飛行士達からも「こんな面白いインタビューは初めてだ」「こんな事をよく聞いてくれた」と言われたと書いています。特に科学的な分野に興味がない人にも、是非一度読んでみて欲しい本。

“高性能巨大望遠鏡が明らかにした宇宙の神秘にプルプル悶えよう!”

『HSTハッブル宇宙望遠鏡がとらえた宇宙』

 沼澤茂美、脇屋奈々代  (誠文堂新光社)

 ハッブル宇宙望遠鏡とは、1990年に打ち上げられたスペースシャトル・ディスカヴァリー号に初めて搭載された最新式の高性能望遠鏡。幾つかの故障やトラブルに見舞われながらも、驚くほど鮮明な写真で数々の研究成果を挙げてきた強者です。この望遠鏡から地上に送られてきた、数々の惑星や星雲の写真を豊富に掲載した本書は、宇宙にロマンを馳せるタイプの読者、名付けて“ロマン派”層(?)の青少年の胸をコチョコチョくすぐる逸品となっております。

 火星や木星などポピュラーな星から、太陽系辺境の地とも言える海王星や冥王星、それら天体の周囲を回る衛星の姿まで、じっくり写真で鑑賞できますが、圧巻は星雲。色彩といい形状といい、なんというか、この世の物とは思われないような、ものすごい世界です。思わず「こんな光景が現実に存在するんですね」的なごくありふれた感想を、熱っぽく口走ってしまったりします。

 宇宙空間というのは、勿論現実ではありますが、さりとて日常からは最も遠く離れた所にあり、ある意味では非現実の最たるもので、日々の生活の中でそういう写真に没頭する行為は、いわば究極の現実逃避とも考えられます。私の友人などは、現実で嫌な事が続くと、気が付けばふと科学雑誌『NEWTON』を購入していると言っていました。

 かくいう私も、この写真集を眺めながらため息をつき、「ああ、逸脱したい…」と独りごちる自分の姿にはっと我に返る事もあったりします。要するに、プチ現実逃避をしたい人にもお勧めの写真集です。続編も出版されていますが、大型書店のサイトを検索してみると、3Dメガネ付きの立体写真集なども出ているようです。技術の進歩が要の本ですから、購入の際には最新のものをチェックされると良いでしょう。別のここで挙げた本でなくても構いません。ハッブル望遠鏡、僕にもひとつおくれ。

“多彩な内容と親しみやすい語り口が楽しい、文系読者にイチオシの福岡本”

『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』

 福岡伸一  (文春文庫)

 『生物と無生物のあいだ』でブレイクした分子生物学者、福岡伸一が週刊文春に連載したコラムをまとめた本。私のような、科学の専門的な話はチンプンカンプンという文系読者には、著者の本の中でも最も読みやすく、面白い本かもしれません。正直な所、ベストセラーの『生物と無生物のあいだ』は、どうも私は各界著名人達による絶賛ほどにはのめり込めなくて、むしろ個々の内容の難しさには閉口しました。ただ、詩的な文章の美しさ、話の流れや結論付けには、確かに知的好奇心を刺激される興奮や感動もあります。

 本書は、まず一つ一つのコラムが短く、自ら福岡ハカセと名乗って展開する語り口が平易で分かりやすい。なおかつ、子供の頃やインターン時代のエピソード、村上春樹や川上未映子などの本の話、入試問題作成秘話、ファンだという元ちとせの話、時事問題に言及したコラムなど、内容が多彩です。それでいて、専門分野の動的平衡、ロハス、狂牛病や脳死の話題もちゃんと入っているし、定評のある見事な文章力も堪能できるという、いわば著者の本の見本市の様相も呈しています。

 科学に詳しくない人や、完全に文系に振り切っているタイプの人(私です)は、まずこの本で福岡ハカセの人となりと研究分野を知り、興味が湧く話題があれば、その分野の著者の本を当たると良いと思います。例えば、ロハスに関しては『ロハスの思考』という良書があるし、その名もズバリ『動的平衡』という本も売れています。でも、文系読者にはやはり本書が一番のオススメかな。

“恐竜マニアのライターが愛情たっぷりに語る恐竜研究の変遷”

『愛しのブロントサウルス 最新科学で生まれ変わる恐竜たち』

 ブライアン・スウィーテク  訳:桃井緑美子  (白揚社)

 恐竜に情熱を傾けるサイエンス・ライターが、古生物学と恐竜研究の変遷を軽妙なタッチで綴る、ユニークな科学ノンフィクション。著者は幼少の頃より恐竜に魅せられ、それが高じて恐竜ライターになった人で、かつて彼が愛したブロントサウルス(に代表される過去の恐竜達)が、最新の研究によって消えてしまった事に対する戸惑いから、話はスタートします。

 やがて、彼ほど恐竜に詳しくない私のような読者も、実は現在の鳥類が生き残った恐竜なのであり、映画『ジュラシック・パーク』で脚光を浴びたあのヴェロキラプトルでさえ、実は羽毛が生えていたというような、衝撃の事実を次々に目の当たりにしてゆきます。著者は自身の体験や記憶を数多く盛り込み、ユーモラスな語り口で話を進めますが、本の構成は手際が良く、化石の発掘と恐竜研究の歴史を辿り、様々な理由から恐竜の姿や生態、分類、進化と、解釈が変遷してきた流れを説明しています。

 又、著者は恐竜の生殖活動や、皮膚の色、鳴き声、病気など、今まであまり光を当てられなかったトピックにも触れてゆき、最大の謎である、この生物種全体を世界から丸ごと消してしまった、大規模な絶滅の理由に迫ります。私自身も子供の頃から恐竜好きでしたが、しばらく離れている内に恐竜業界はこんなに様変わりしてしまったのかと、正に驚きの連続。

 一般の読者にも面白く読める本ですが、いかなコミカルな語り口をもってしても、学術的な話になると専門用語が続いて内容が難しくなるのは残念。この人は、恐竜が好きすぎるのかもしれません。夢中になると、著者の存在を忘れてしまうくらいに。写真や図がもう少し多ければ良かったのですが、大抵は言葉だけで理解しなくてはならず、専門知識に乏しい一般読者にとっては少しハードル高め。それと、著述内容に反復が多く、同じ事を何度も言っていると感じられる傾向もあります。恐竜が好きすぎて、前に一度書いた事を忘れてしまうのでしょう。

 日本語訳は優秀。訳者は科学系の書籍を多く担当しており、用語にも精通しているようだし、訳文に不自然さが全くなく、読みやすいです。

“ネッシー、雪男、巨大イカに巨大タコ、無類に楽しい未確認動物の世界”

『〈未知動物学への招待〉幻の動物たち』上下

 ジャン=ジャック・バルロワ  訳:ベカエール直美  (ハヤカワ文庫)

 幼少の頃、私は未確認動物に関する子供向けの本に首ったけでした。そして、単に夢中になるというだけではなく、ネッシーや雪男やあまたの未確認動物達の存在を、(子供は皆そうかもしれませんが)全て信じる立場をとっていました。いや、ぶっちゃけた話、私は今でもそれらの存在を完全には疑っていないばかりか、端的に言って占い以外のほぼ全て、つまり幽霊も超能力も宇宙人も、その実在をほぼ確信している方です(見た事はありませんけど)。

 未知動物学というのは実在する学問で、学会もあるそうです。昆虫や小動物は、新種の発見が今でも相次いでるので、未知の生物自体はまだまだたくさんいるわけです。発見というのは、公式に発表・記録されて完了するもので、その為には死骸のサンプルがなければなりません。要するに、どれほど詳細に観察したとしても、単に視認しただけでは“発見”にならないのです。

 そうなると、数十メートルにも及ぶ巨大な未知生物を見つけたところで、それを正式に記録するのは困難という事になります。とりわけ海には、地上では考えられないほど巨大な生物が棲息し、特にイカとタコになると、公式の記録でも数十メートル、非公式ではもっと大きな個体も確認されながら、捕獲できないために記録に残らないそうです。

 ふと、仕事で疲れた時に、子供時代の懐かしきロマンを求めて、未確認生物を扱う本を探してみた所、びっくりするほど見つからず、唖然としました。大人はそんな事に興味を持たないものなのでしょうか。あれこれ探している内にやっと出会えたのがこの本。ネッシーやツチノコ、モケーレ・ムベンベ、ジェヴォーダンの野獣、ビッグフット、マンモス、大海蛇などなど、この手の分野に詳しい人なら既によくご存知の固有名詞が目白押しで、それだけでも懐かしくて嬉しい本です。

 著者はフランスでは有名な学者のようですが、ユーモアを交えた軽妙な文体が親しみやすく、真面目な学術書ではないだけに楽しく読めます。豊富な目撃例を紹介しつつ実在の可能性を探る、かなり充実した内容。

“ぶっとんだ異端生物学者ワトソン博士の、面白すぎる短編エッセイ集”

『アースワークス 大地のいとなみ』

 ライアル・ワトソン 訳:内田美恵  (ちくま文庫)

 『生命潮流』『スーパーネイチャー』で知られる生物学者ライアル・ワトソン博士の著書は、保守的な中央科学から相手にされないようなぶっとんだ内容で、いつも読者を驚かせてくれます。ブックメイキングの腕前も一流なので、学者が書いた本というより、知的なノンフィクションといった感じ。よく、読書好きの人にワトソンの著書を薦めると、理系が苦手な人や若い女の子でも大抵一冊か二冊は読んでいたりします。本書はいわば短編集といった体裁で、入門編としては最適でしょう。

 全体は12の章で構成されますが、特に印象に残った章をピックアップすると、まず「偶然のパターン」。偶然性、奇跡と呼ばれる現象についての考察で、例えば、1950年にアメリカのベアトリクスという町で起こった不思議な事例が紹介されています。教会での合唱の練習に、団員15名がそれぞれ別の理由で全員遅刻し、その時間にボイラーが爆発して教会が全壊。15名全員が同じ日に遅刻する確率は10億分の1。計算の上ではまず起こり得ない筈が、現実には時々そういう事が起こる。ところが、その日に教会のボイラーが爆発する確率となるとこれは天文学的な数字となり、それを偶然と呼ぶなら、偶然の定義自体を見直さなければならなくなる。

 「意識のルーツ」「生命電流」には、植物に関する話が出てきます。前者は“植物にも意識があるのでは?”という衝撃的な考察。植物をうそ発見器にかけるなど、様々のユニークな実験結果を考え合わせると、どうやら植物にも意志や感情があるらしい、場合によっては殺人事件の目撃者ともなりうる…。中央科学はこれらのデータを、単に「バカバカしい」という理由だけで却下したそうです。

 後者は、キルリアン写真の話。葉っぱを切り落とした後、ある方法で写真を撮ると、そこに葉っぱの影が写る。つまり、葉っぱの心霊写真ですが、生物の筋肉や神経系の情報伝達にもある種の電気が媒介する事から、これは幽霊現象の証拠にも繋がりかねない…。

 「ドラゴン夢幻」は、コモド島のオオトカゲ達のお話。体長が数メートルにも及び、動きも敏捷で獰猛な性質を持つこの肉食の大トカゲは、しばしば人間を餌食にしてきました。世にも美しいコモド島が航路変更によって観光地と化す事を恐れたワトソン博士ですが、数年後、この島がまだそのままの状態で存在し、サーファーの若者がコモドドラゴンの犠牲になったニュースを聞いて、ほくそ笑みます。「この種の事が現代でも起こりうるのはまんざらでもない気がする」とのたもうた後、さらに「我々にはドラゴンが要る」「ドラゴンよ永遠なれ」と大暴走。コラッ、怒られるぞ。

“これを読んだら死が恐くなくなるかも。ずばり「死」をテーマにした衝撃の一冊”

『ロミオ・エラー 死の構造と生命体』

 ライアル・ワトソン 訳:内田美恵  (ちくま文庫)

 こちらはズバリ、“死”をテーマにした本。立花隆の『臨死体験』も面白い本でしたが、ワトソン博士は生物学者なので、真っ向から切り込んできます。しかし本書は、特定の宗教に属さない私にとって聖書やコーランみたいな存在でもあり、衝撃を受けたというに留まらず、座右に置きたい一冊となりました。本書の内容で、特に私の人生観に揺さぶりをかけたのが、下に箇条書きする数点です。これを読んで私は、死ぬのが(少しだけ)恐くなくなりました。

・高度に進んだ現代医学をもってしても、生命活動がどの時点で終わったかを正確に定義する事はいまだに出来ておらず、一旦臨終を宣告された人間が数時間後、数日後に息を吹き返すという事件が、世界各地でまだまだ起こっている事。

・人間の記憶が脳のどの部分に収められているのか、現代医学はまだ解明していない事(記憶喪失になるほど脳を損傷した患者でも、食事や歩行、言語など、生活に必要な基本的動作の記憶まで失う事はない)。

・死は、あらゆる生物の遺伝子にあらかじめ組み込まれたプログラムであり、これを避けられる個体はいないし、生物にとって特別な出来事でも何でもない事。

・死を恐れたり、悲しんだりするのは、地球上の全ての生物の中で人類のみ、それも、あくまで小数派である先進国の文化のみに見られる感情である事。それ以外の文化では、死とは人間が次の段階へ移行する、むしろ喜ばしい出来事だと捉えている事。

・命を落としかけた経験のある人は、そのほとんどが「むしろ気持ちの良い感じだった」と証言し、異口同音に「もう死ぬ事が恐くなくなった」と言っている事。

“ワトソン博士、またまた逸脱。物体と生体の驚くべき関係に迫る禁断の書”

『シークレット・ライフ 物たちの秘められた生活』

 ライアル・ワトソン 訳:内田美恵  (ちくま文庫)

 こちらはもう、生物学の垣根を軽く飛び越えてしまって、人と物との神秘的な関係についての大作。湖で、大事にしていた指輪をボートの上から落としてしまい、数日後に釣った魚の腹から、その指輪が出てくる。或いはレストランで注文した魚の中から指輪が出て来たり、散歩中の浜辺にその指輪を発見したりする。

 奇跡として紹介されるこの種の話が、実はそれほど珍しいケースではなく、過去に数えきれないほどの事例が報告されていると知ったら、あなたはどう考えますか? どうも、大切にされた宝物とその持ち主の間には何らかの物理的因果関係があり、物には持ち主の元に返ろうとする性質があるらしいのです。

 この、またしても衝撃的な問題提起から始まって、さらには、自らの意志で動き出す車や電化製品、座る者に死をもたらす椅子、血や涙を流す人形、動かそうとすると死者が出る岩、空から大量に降ってくる魚などなど、ありとあらゆる怪しげな報告の数々、まともな科学者なら相手にしない事例の数々が、テーマに沿って羅列されています。正に、トンデモ科学です。挙げ句の果てに、著者自身の心霊体験談まで飛び出す始末。

 勿論、彼は生物学者ですから、生体が物やその構成要素にもたらす影響力や、その逆のパターン、物、又は石や土地などが発している磁場や、目に見えない力が人体に与える微妙な影響に話が帰結してゆくわけですが、それとて保守的な科学界からすればぶっとんだ説には違いありません。各章に小説風の導入部を用いたりして、書き方に多少の気負いが感じられるのも、著者の自覚のあらわれでしょう。しかし、次のような事例は、容易に説明の付くものではありません。

 ニューヨークのある一家がハワイに行った折、マウナ=ロア山の溶岩に覆われたスロープから、4人の子供が土産に石ころを持ち帰った。それからというもの、子供達全員に怪我や病気が続出。母親は「火山に宿る女神の逆鱗に触れるから石を持ち帰るな」と地元の古老に忠告された事を思い出し、石をハワイに送り返した所、下の3人への事故はぴったり止んだ。

 ところが長男に相変わらず災難が続くので、本人に問いただした所、少年は部屋にまだ3個の石を隠し持っていた。それも返送すると、やっと一家に平穏が訪れた。この例はまだ軽い方で、死亡事故なども後を断たず、ハワイ島の公園管理局には何と一日に平均40個、年間1トンにもなる石が小包で返送されてくるそうです。このような話をきくと、科学にもまだまだ開拓の余地が残されている事が分かりますね。

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