プッチーニ/歌劇《ラ・ボエーム》

バルバラ・フリットリ  ピョートル・ベチャワ

スザンナ・フィリップス  マリウシュ・クヴィエチェン

エドワード・パークス  ジョン・レリエ  ポール・プリシュカ

ファビオ・ルイージ 指揮 

メトロポリタン歌劇場管弦楽団、合唱団

TOKYO FM少年合唱団

演出・美術:フランコ・ゼッフィレッリ

2011年6月4日 名古屋、愛知県芸術劇場大ホール

 個人的に、生まれて初めて観る一流オペラハウスの来日引っ越し公演。東日本大震災後、初となる海外オペラの来日との事で、世界も注目していたらしい。まあ、震災直後だったフィレンツェ歌劇場の来日中止は仕方がないとして、その後の相次ぐキャンセルは風評被害というか、全て原発事故のせい、つまり東電と政府による人災だから腹が立ってしょうがない。そんな中、敢えて大規模な引っ越し公演を予定通り行ったメトには本当にありがとうと言いたい。指揮者、歌手のキャンセルは残念だが、何とか観られるだけでも有り難い事なのだろう。

 しかし、チケットが高い! なんだこの値段は。一番良い席は64000円もするのに、それでも名古屋公演は昨年末に全席完売だという。私達は勿論、一番安い席種を某会員先行予約で発売日にゲット。それでも、かつて購入したあらゆるチケットの中で最も高額(24000円)である。一応16000円という席種も広告には載っているが、そんなものどこで手に入るのか教えて欲しい。

 この値段でも一応納得したのは、メトのスタッフ、団員、美術セットがみんなやってくる上、単独でもチケットが売れるスター歌手、指揮者によるコスト・パフォーマンスを考えると、通常のコンサート二回分ならまあ引き合うかなと計算しての事。それが次々にキャンセル、変更になるのだから怒る人がいるのもよく分かる。せめて払戻し、割引などで対応すべきである。もっとも当日は、せめてもの気持ちというのでパンフレットが全員に配布された。これが本当に特別対応なら(つまり元々チケット代に入っているのでなければ)、見た所2000円前後はしそうな分厚いパンフレットなので、その分を入場料の割引と考えてもいいかもしれない。

 名古屋の劇場は初めて。席は五階右端ブロックの最後尾から三番目。これはひどい。まず、座席の前後がやたら狭く、角度を確保するためか席の位置を高くして、足を乗せられる手すり兼用バーを付けている。舞台は遥か遠く、ピットはほんの一部が見えているだけ。こんな席に2万円以上の値段を付けるなんて許せない。ウィーン国立歌劇場では立ち見スペースに値するような席であり、観客席というよりは、スタッフのための確認スペースみたいなもの。

 まず最初に総裁のピーター・ゲルブから挨拶。この公演の敢行は本当に大変だったようで、その苦労が口調から伝わった。スタッフや、オケ、合唱のメンバーにも不参加を表明した人はきっとたくさんいるのだろう。それでも総勢350名の団員がこんな時期に来日公演を行ってくれる。思わず「ありがとう」という気持ちになる。個人的にも、頑張ってチケット獲得に奔走し、多大な時間を割いてやっと手に入れたフィレンツェ歌劇場来日公演の中止で大きく落胆していたので、メトの来日は最後の最後まで心配で仕方がなかった。ここまで来たらもう、観られるだけで有り難い。

 指揮はレヴァインの代役として登板したファビオ・ルイージ。彼の指揮はドレスデン・シュターツカペレとの来日で一度観ているが、世界各地の名門オペラハウスでの評判をよく伝え聞くし、メトでもレヴァインの後継者とみられている様子で、代役として不足はない。むしろ、イタリア人の彼はイタリア・オペラばかりが並ぶ今回の演目にふさわしく、時に粗雑さが指摘されるレヴァインよりも演奏は丁寧かもしれない。ただし、私達の席から指揮者は全く見えない。これなら、予定通りレヴァインが来ていても視覚的には一緒だったかも。

 歌手は、目玉の一人だったアンナ・ネトレプコが、母国ロシアで経験したチェルノブイリ原発事故の記憶もあり、こんな気持ちでは万全のパフォーマンスが出来ず日本の聴衆に失礼だというので、直前でのドタキャン。理由は一応筋は通っているが、プロとしてはどうなのだろう。まして主役だったのに。ゲルブ総裁は「直前まで悩んだのはアーティストとしての誠実さの現れ」とかばっているけれど。彼女を目的にチケットを求めた人も多いのでは。

 代役は、翌日の《ドン・カルロ》でエリザベッタを歌う予定だったバルバラ・フリットリ。今回の来日で唯一のイタリア人歌手である。実は彼女、私が最初に買った《ボエーム》のCDでミミを歌っているのだが、あまりクラシックを知らない妻が、独身の時になぜか同じディスクを買っていたという、他人にはどうでもいい曰く付きなのである。二人とも初めて鑑賞する一流歌劇場の引っ越し公演で歌手が急遽変更になり、結局、互いに知り合う前にそれぞれ持っていた同じCDのオペラを、そのCDと同じ歌手で聴く事になるなんて、不思議な縁を感じる私であった(読者の皆様にはどうでもいい話ですね)。

 演出は、《ラ・ボエーム》といえばコレという、フランコ・ゼッフィレッリの名プロダクション。というか、このオペラでこれ以外の演出をほとんど見た事がない。ゼッフィレッリはリアリズム一辺倒というか、セットや小道具、衣装に至るまでやたらと凝る上、妙な読み替えもしないので、分かりやすくてよい。私が求めるオペラ演出はこれで充分、時代設定を変更したり、つまらん実験は要らんという感じ。オペラの主役はあくまで音楽だし、作曲家もそんな演出を求めてはいないだろう。前衛がやりたかったら演劇でやればいい。それにしても、第二幕のカフェ・モミュスの場面は本当に凄い。二段組のセットに百人以上はいると思われる群衆。凝りに凝ったディティール。映像で観てもびっくりするけど、生で観ると五階席からでも凄い迫力。

 歌手は、実をいうとフリットリ以外は全然知らない人達だが、特に素晴らしいと感じたのがムゼッタ役のスザンナ・フィリップス。声も身のこなしも華やかな感じで、歌唱も見事。男性陣は、ビデオ映像で出ているような芸達者な歌手達には及ばない感じもしたけれど、これは五階席で観ているせいかも。ロドルフォとマルチェッロは共にポーランド人歌手。ロドルフォのベチャワは、さすがにビデオで観るカレーラスやパヴァロッティの存在感はないものの、若々しくてなかなかの好演。ネトレプコのミミも観たかったが、フリットリはさすがの貫禄。いい歌手だと思う。又、ベノワとマルチンドロの二役に、メトを代表する重鎮ポール・プリシュカが出演しているのも嬉しい所。

 ルイジの指揮はしなやかな叙情性に分があり、弱音を生かしたデリケートな表現が素晴らしい一方、テンポのコントラストをあまり付けないので、緊迫した場面で鋭さを欠く傾向もあり。それでも、ここまで振れるオペラ指揮者というのは近年そういないのだろう。オケの充実ぶりもすごい。80年代くらいのメトのオケは、響きが乾いていてアンサンブルが粗いイメージがあったけど、今は立派なシンフォニー・オーケストラ。弦のカンタービレなど、思わず聞き惚れる美しさ。

 今日は来日公演初日なので、客席の反応もどうなるかという雰囲気だったが、終ってみればやんややんやの大喝采。歌手達に盛大なブラヴォーが飛んで大成功。良かった良かった。明日が楽しみ。

まちこまきの“ひとくちコメント”

 生まれて初めて観る一流オペラハウスの来日引っ越し公演。5階の後方の席で、ステージが遠すぎてどうなるかと思ったが、信じられないことに、会場の後ろにまで歌声が半端なくびんびんに届いてきて、すぐそばで聴いているようだった! オペラ歌手とは全く想像を絶する人々だ! あんな後ろの席でもあれだけ感動したのに、もっと前の席で聴いていたらどんなことになっていたのだろう。ああ、恐ろしい!

 一人一人の顔や衣装こそよくわからないが、どの幕も、舞台セットの素晴らしさは充分味わうことができた。パリの街角や広場が、そのままワープしてきたよう。私が今まで観た、どんな舞台よりもお金がかかっていたのだろう。ぶるぶる。ほぼオペラ初心者なのに、いきなり一流のものを味わい、なんとも贅沢な気分(5階の狭い席だけど)。

 舞台上に出て来る人の多さに目を奪われ見逃していたけれど、どうやら本物の馬まで登場していたらしい。合唱の子供達もとても良かった。

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