チョン・ミュンフン 指揮

シュターツカペレ・ドレスデン

樫本大進(ヴァイオリン)

曲目

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲

ベートーヴェン/交響曲第5番《運命》

2006年11月24日 大阪、ザ・シンフォニーホール

 ミュンフンとドレスデン・シュターツカペレという、珍しい組み合わせのツアー。私は今までに聴いた事がなかったが、公演プログラムによると近年このコンビは関係を深めてきているそうで、今回は日本の他にも中国、韓国、さらに昨年は欧米も回っている。ドレスデン国立管は、以前シノーポリと来た時にフェスティバルホールで聴いているが、あまり強い印象が残っていなかったので、今回の来日は嬉しい所。結果から言うと、私が今までに聴いた海外オケの来日公演の中でも最高の感銘を受けた演奏。東京で二公演、大阪で一公演の計三回だけという極端に少ない日程だが、その一夜に立ち会えて本当に幸運だったと思う。

 平日の夜だったので、少し遅れて着いた。コンサートの開演時間に遅れたのは初めての経験だったので、色々と面白かった。まず、曲が終わるまで中へ入れないのかと思っていたら案外そうでもなくて、第一楽章が終わった所で、曲間に入場させてもらえた。勿論、最後列で立ち見での鑑賞ではあるが、シンフォニーホールだと一階最後列でもオケは相当間近に見える。ホールというよりは、大広間みたいな感じだ。ロビーで待っている間も、大型テレビが演奏中の映像を流している。テレビのスピーカーだから音質は大したものではないが、一応音も聴けるのが嬉しい。仕事で遅れた人にも配慮が行き届いていると思う。もっとも、これはザ・シンフォニーホールの話で、他のホールの場合はどうか知らない。ちなみに、遅れてきた人は私の他にも数十名いた。

 樫本大進は、名前だけはよく耳にするが、演奏を聴くのは初めて。第二楽章から聴いたせいか、すごくロマンティックな歌い回しをする人だと思った。ほとんど芝居がかって聴こえる箇所もあったくらい。弾き方や身振りが、視覚的効果に富んでいるせいかもしれない。ブラームスのコンチェルトは、第二楽章が殊の外すばらしい。最初と最後に出て来る、あの優しくて感動的なメロディをきくと、何だかたまらなくなる。第三楽章は、ミュンフンがあちこちにタメを作って、かなり個性的な音楽作り。オケも、ドレスデン特有のまろやかな響きというよりは、幾分粗削りなギスギスした音で弾いている。ソリストのアンコールはなし。

 後半は《運命》。客席から見て左サイド三階席で、舞台の真上。私達の側から見ると、眼下に弦楽セクションが広がり、右手に指揮者、左手に管楽群が並ぶ位置。一階の最後列より舞台からの距離は近い筈だが、高さがあるせいか見た目の感じは意外に遠い。しかし、この《運命》が、とにかくものすごい演奏。アインザッツは多少乱れながらも、ミュンフンはもう最初から、音楽の深い所へ一気に踏み込んでゆくような激しい気迫と集中力を発揮し、クライマックスでは歓喜と熱情の大爆発。全身をプルプル震わせたり、天井の方を仰ぎ見て遠い目をしたりと、指揮ぶりも独特。

 凄いのがオーケストラ。なんて暖かくて、充実しきった響き! 世界最古の冠も持つこの名門は、昔からどっしりと安定した低音をベースに置いた、ピラミッド型のサウンド・バランスが特徴だったが、生で聴くとものの見事にこのバランスが保たれていて嬉しくなる。しかも、弦楽セクションの表現たるや、世界でも類をみない激しさ。ミュンフンのディレクションゆえかもしれないが、ヴィオラやチェロ、コントラバス、第二ヴァイオリンという準主役級の弦楽部が大きく体を揺らしながらバリバリと弾きまくる様は、オケの主役はあくまで弦なのだと言わんばかり。第三楽章やフィナーレのアンサンブルなんて恐るべき迫力で、聴いていて手に汗を握る。それでいて、長年“いぶし銀のような”と讃えられてきた、コクのある深い響きは絶対に失われず、弱音のニュアンスもすこぶる美しい。そこに、木管やホルンの、得も言われぬ滑らかなサウンドがクリアに浮かび上がる。

 こんなベートーヴェンを演奏できるオケは、ヨーロッパにもそうそうないだろう。日本のオケも昔に較べればレヴェル・アップしてきたし、優れたベートーヴェンもたくさん聴いてきたけれど、これじゃ到底かなわない。一人一人の楽員が発する、溢れんばかりに豊かな音楽、その心意気と矜持を支える伝統の重みが、全然ちがう。第二楽章の弱音部で弦が音の海を作る所なんて、ちょっと聴いた事がないような響きがしていたが、日本のオケだとこういう部分、どこか隙間風が吹いてスカスカしてしまう。こういった音の“行間”を本物の“音楽”で埋めるセンスと技術、それが経験と伝統なのだと思う。プロコフィエフやストラヴィンスキーならともかく、楽譜上はシンプルな古典作品では、この“行間”がことさら重要になってくるという事だろう。

 アンコールはこのオケ定番のレパートリー、ウェーバーの歌劇《魔弾の射手》序曲で、これが又、ミュンフンらしい彫りの深い表現とオケの美質を最大限に生かした、すこぶるつきの名演。オーディエンスはほとんど熱狂の域に達していて、スタンディング・オベーションもちらほら。拍手の間中、ずっとブラヴォーの声が飛び交っていたが、これほどブラヴォーの声が鳴り止まない演奏会には、初めて出くわした。大感動。昔から、世界最高のオケはウィーン・フィルやベルリン・フィルでなく、ドレスデン・シュターツカペレだといって譲らない評論家が何人かいたが、その本当の意味が、今日分かったような気がする。楽員の皆さん、現在空席となっている音楽監督の椅子にはファビオ・ルイージが付くとの事ですが、是非ミュンフンとの共演も続けて下さいね!

まちこまきの“ひとくちコメント”

 開演に間に合わなかった龍之丞氏を心配しつつ、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を一人で聴いた。なんてまろやかで美しい調べなのじゃ。こんな美しい演奏を聴けなかった龍之丞氏を不憫に思っていたら、実は一階最後尾で第二楽章から聴いていたとか。良かった良かった。チョン・ミュンフンはテレビで見るより小柄な人だった。ヴァイオリンの樫本大進は、私の席からは、頭がちょびっと見えるだけ。最後までどんな顔だったのかわからずじまいだったが、その熱演ぶりは伺えた。素晴らしい。

 そしていよいよ《運命》。ジャジャジャジャーンの所のチョンさんの指揮が、見たことないような動き(例えるならソフトボールのアンダースローのような動き)で、度肝を抜かれたが、その後もどんどん度肝を抜かれ続けることになる(もちろん演奏が素晴らしすぎて)。最後は、チョン氏の全身が震えたように見えたが、渾身の指揮者チョン氏とドレスデンの演奏を聴いた私達もブルブルっときました。

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