マリス・ヤンソンス 指揮

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

曲目

ドヴォルザーク/交響曲第9番《新世界より》

ストラヴィンスキー/バレエ《春の祭典》

2006年11月25日 京都コンサートホール

 今年で三回目、私達には毎年恒例となった11月のヤンソンス・デー。昨年はもう一つの手兵、バイエルン放送響との来日だったが、今回は二年前と同じ、コンセルトヘボウのオケ。どちらも素晴らしい団体だけど、再びコンセルトヘボウ・サウンドが聴けるのは嬉しい限り。何度でも来日して欲しい。ちなみに昨日の夜はミュンフンとドレスデン・シュターツカペレの演奏会を大阪で聴いたばかりで、贅沢にも二夜連続の海外オケ。昨晩は凄絶なパフォーマンスに打ちのめされたので、本日も大いに期待する。

 私達の席は昨日と同様、三階席の左サイドだが、今回は舞台よりも手前、客席の上にあたる場所で、オケ全体の見通しもなかなか良く、それでいて指揮者の表情も時折垣間見る事が出来る。入場してくる楽員を見ると、フルートのエミリー・バイノンやヴィオラの日本人二人をはじめ、お馴染みのメンバーの顔も並ぶが、コンサートマスターは別の人に変わっていた。それにしても、ホルンやコントラバスに至るまで、女性のメンバーが非常に多いオケである。

 一曲目は《新世界より》。既にライヴのディスクが発売されている曲だが、どうも私はこの曲と相性が悪く、今から二十年近く遡る事、1987年のドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団の来日公演でも、この曲には反応出来なかった。ドヴォルザークの交響曲なら第7、第8の方がずっと好きだ。第2楽章の有名なメロディを、イングリッシュホルンのおばちゃんが息の長いフレージングで好演。この人はかなりの巨体で、手提げバッグを持ってゆっさゆっさと大儀そうに入場してくるので、演奏なんて出来るのかなと心配するが、見事なソロである。ヤンソンスはすこぶるパワフルで、フィナーレや第1楽章のコーダなど、クライマックスに向けて熱く盛り上げ、最後に渾身の一撃で静止する所など、ものすごい迫力。ただ、ラストの和音で、木管のロングトーンがうわずってひっくり返ったように聴こえた。

 後半は《春の祭典》。ステージには大勢の楽員が乗って、溢れんばかり。冒頭、フェルマータを長めにとったアドリブ風のファゴット・ソロがいい感じだが、それに続くホルン、明らかに半音低く入ってきたように聴こえたのは私の空耳? 続く木管群のアンサンブルも乱れがちで、この不調は最後まで止まらず、管楽器を中心にミスが相次ぐ。イングリッシュホルンのおばちゃんも、《祖先の儀式》始まってすぐのソロで失敗して、音が途切れてしまった。今夜は日本ツアーの初日なので、時差ボケでコンディション不良だったりするのだろうか。

 全体的には、あのビロードのような弦の響きをはじめ、トゥッティでも硬直しない黄金のコンセルトヘボウ・サウンドを十二分に満喫。昨日のドレスデンでも感じたが、欧州のオケが持っている深い伝統の響きは、一朝一夕に出来上がったものではない事を痛感する。ただ、ドレスデンのオケは響きが重厚で、時にゴツゴツして必ずしも洗練された感じではないが、コンセルトヘボウの響きは明るく優美で、繊細な趣がある。打楽器を中心に、リズム感も素晴らしく、作品の土俗的な迫力も充分捉えている。ただ、今日の座席で聴くと、ホールの残響が妙に飽和して、管楽器の音が分離して聴こえない感じがした。

 ヤンソンスは来日する度にどんどんエネルギッシュになっている印象で、今回も飛び上がったり、棒を振り回したり、動きが激しく、鋭いキレがある。ラストの一音なんて、大きく飛び跳ね、着地と同時に虚空をバッサリと叩き切った。かっこいい。ただ、ミスの多さゆえか、曲が終わると同時にブラヴォーの嵐とはならなかった。それに、日本の聴衆は拍手が下手だと思う。しばらくの静寂(これは音楽の余韻でもある)の後、間を置いて拍手をするという欧米では当たり前の事が、日本ではほとんど起こらない。欧米の聴衆なら、ゆうに数十秒もの沈黙を作る事だってあるのに。今日の二曲も、最後の残響音が消えない内に、パラパラという少数の拍手が起こりはじめ、それに全員が続くという無様なリアクションで残念。

 アンコールはブラームスのハンガリー舞曲第6番。ヤンソンスはほとんど踊っているように見え、オケも生き生き。もう一曲アンコール、ドヴォルザークのスラヴ舞曲より。ヤンソンス、またもや指揮台で楽しそうに踊るも、こちらはなんと、曲が終わらない内から拍手が始まる。ポップスや演歌じゃないんだからと思いながらも、ブラジルやアルゼンチンの観客は交響曲でもこれをやる事があるのを思い出した。いや、メトロポリタン歌劇場の《エレクトラ》の映像を観ても、曲が終わらない内から激しい拍手が鳴り始めてたから、これもありなのかな。

 絶対に許せないのは、アーティストに向けて何度もたかれたフラッシュ。写真撮影自体も絶対にNGだが、フラッシュは言語道断だ。オケの人達も当惑している様子だった。休憩時間にホールの職員が撮影禁止の旨を告知して回るという異例の事態となるが、いい大人が基本的マナーをたしなめられているというこの状況、恥ずかしいとは思わないのだろうか。あろう事か、スタッフが注意して回っている最中に、カメラを構えてステージを撮っている女性を発見。三階からだと実によく見える。最低限のモラルも持たない観客なら、容赦なくつまみ出せばいいと思う。撮影禁止の告知も若い女性スタッフではなく、皮ジャンにサングラスの屈強な男性を大量に投入すれば、ちょっとは減るのではないだろうか。ひどい場合は公演を中止する事もある、と告知すべきだ。

 ちなみにアンコールの二曲目、ロビーの掲示板にはバルトークの《中国の不思議な役人》と書かれていて、みんな写メールに撮ったりしていたが、これはとんでもない誤り。曲目が急遽変更されたのかもしれないが、そうだとしたら《中国の不思議な役人》をアンコールでなんて、一体どうやるつもりだったのだろう。一部を抜き出して演奏する予定だったのだろうか。それとも、誰かがどこかで曲名を聞き違えたのだろうか。

まちこまきの“ひとくちコメント”

ヤンソンスとコンセルトヘボウを聴きに行くのはこの日で2回目。一回演奏会に足を運んだだけなのに、自分にとって、特別な指揮者と楽団になった。前回の演奏会があまりにも良かったからだ。メンバーの中に、覚えてる顔を見つけて、なんだか懐かしくなる。2年ぶりに会えましたね。でもコントラバスのお気に入りの人は今年は来てないようだ。どうしたんだろう。

 そんなことを考えつつ、今年も楽しませていただきました。前回の演奏会の曲のほうが好きな曲だったし、演奏も前回の方が良かった気がしたのはちょっと残念だったけど、やっぱりヤンソンスのすごさは感じました。パワフルになっていってるヤンソンスの指揮で、また違う曲も聴いてみたいものです。

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