世界でも高い評価を受ける鈴木雅明とBCJ、入魂のバッハ/マタイ受難曲。とはいっても今回はメンデルスゾーンの生誕200年記念公演という事で、メンデルスゾーンの上演稿による演奏というイレギュラーな公演。最初に鈴木氏がマイクを持って登場し、この版についての説明。初めてこの曲を聴く人のために「いつもはこういう演奏ではないのだ」という事を言っておきたかった由。 礼拝のために書かれた機会音楽としてそのまま忘れ去られようとしていたこの作品に魅了され、復活上演によって歴史に残る名作を救ったメンデルスゾーン。彼の上演稿は独特で、アリアの15曲中6曲、コラールの13曲中5曲がカットされ、メンデルスゾーンの時代では使用されていなかったオーボエ・ダモーレとオーボエ・ダ・カッチャはクラリネットとバセットホルンで代用、音符にも細かい修正が加えられている他、随所にアーティキュレーションや強弱記号、発想記号が書き込まれたとの事。 聴いてみると、短縮されたとはいえやはり長い曲なので、大作という印象は全然変わらないが、物語の進行が速くなったのは本作にあまり馴染みのないリスナーには聴きやすい所かも。それからオケの伴奏、特にレチタティーヴォの伴奏がいやに表情豊かで、時にテンポを上げて盛り上がったり、突然テンションが上がったり、まるでオペラみたいにドラマティック。それと、強弱やアーティキュレーションの追加によって、全体が表情豊かになり、時にバッハらしくないリズムに聴こえたり、ドラマにも波乱が産まれた感じ。ピラト総督が「イエスとバラバのどちらを釈放して欲しいのだ」と民衆に問う場面は、福音史家もコーラスも「バラバ」の語を凄まじいまでに強調していて、思わずたじろぐ。 ただ、クラリネットの音色は明らかに違和感あり。響きが重くなる事もあるが、バッハの曲でクラリネットの音が聴こえてくるなんて初めての事なので、耳に馴染まないのかもしれない。しかし演奏はたいそう充実。独唱、二群のオケ&コーラス、前田りり子(フルート)や三宮正満(オーボエ)などお馴染み奏者のソロなどどれも素晴らしいが、独唱に一人だけ日本人が入るとやっぱり声の線が細いのが気になる所。例外は、コーラスからバス独唱で所々入ってくる浦野智行。日本人離れした豊かな声質で客席を魅了。 私達の席は、三階最後部の一番隅っこあたり。約1年前、生演奏での初マタイに挑みながら、公演が住居引っ越しの翌日だったため、疲労と睡魔に勝てなかった苦い思い出のあるこの曲。今回は見事リベンジで、最後まで一度も眠くならなかった。しかし、短縮版でもやっぱり長い曲だと思う。何でもシューマン夫妻ですら、最後まで聴き通す事ができなかったそうだ。 |