リッカルド・シャイー 指揮

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン)

曲目

モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番

マーラー/交響曲第1番《巨人》

2009年11月1日 京都コンサートホール

 ゲヴァントハウスの生演奏を聴くのはこれが三度目。前回は聖トーマス教会の合唱団を引き連れての《マタイ受難曲》だったので、オケがメインのコンサートとしては、その前のブロムシュテットとの来日以来二度目。シャイーは既に巨匠の域だが、生で聴くのはこれが初めてである。昨年二月には公演の予定があったものの、シャイーの急病でツアー自体がキャンセルになってしまった。インタビューによれば、今回は健康に配慮し、大好きなコーヒーも我慢してミネラルウォーターで臨んだとの事。面白い人だ。

 久々に、オケ背後の座席。しかも、指揮者のほぼ正面。聴いている方も緊張する席である。1曲目は編成が小さく、指揮台の周りにオケがまとまっているので、この席でも結構遠い。シャイーの指揮ぶりはモーツァルトでも誠に雄弁。この人は確か、モーツァルトの曲はレコーディングしていないんじゃないかと思う。いかにもイタリア人らしい、表情豊かな指揮である。

 アラベラ・美歩は全く初めて聴くソリストだけど、写真のイメージ通り、果敢に責めてくる感じの演奏。ナージャ・サレルノ・ソネンバーグ辺りの、気性の激しい系統かもしれない。カデンツァなんかは特にそうで、アンコールのイザイ(無伴奏ソナタ第2番第3楽章)に、より強くその傾向が出ていた。音量もラウドで、圧倒されるような演奏。

 後半はマーラー。シャイーのディスクで、特に感心したものの一つがコンセルトヘボウを振ったマーラーのシリーズだった。ここでもやはり、ものすごい演奏を展開。クリアな音響をキープして、全てを精緻にコントロールしている点は録音と同様だが、ちょっとしたフレーズを強調して作品から新鮮な表情を引き出す場面もちらほら。第3楽章で、各楽器の輪唱フレーズの頭にアクセントを付け、どの楽器がどこから入ってくるのか明瞭に意識させる点もユニーク。

 見事なオーケストラ・ドライヴ、巧みな構成力でクライマックスを形成する手腕など、さすが一線で活躍する指揮者は違う。彼が口に指を立てるだけで、オケ全体の音量がふっと一段階落ちる。時折、指揮者のうなり声も聴こえてくる。オケもうまい。第2楽章のバリバリと弾きまくる低弦や、バスドラムやシンバル、ティンパニの音楽性溢れる絶妙のパフォーマンス、まだうら若き青年と見える第一トランペット奏者など、惚れ惚れとしてしまう演奏。

 ライヴならではの燃焼度も尋常ではない。フィナーレに至っては、聴いていて、思わず身を乗り出してしまうようなドラマティックな演奏で、ふと我に帰っては椅子にもたれ直し、気がつけば又、身を乗り出してしまうという、正に手に汗握るパフォーマンス。曲が終わった瞬間、周囲の客席から思わず「おおっ」という声が漏れたのも、初めて見るような反応だった。指揮者、オケともにすさまじいブラヴォー。首席トランペット君には、やはり大勢からブラヴォーが飛ぶ。アンコールはなかったが、楽員退場後もシャイーだけステージに呼び戻されて、激しい歓声を浴びていた。私もしばらく茫然自失の状態。ここ数年でも屈指の演奏会だったような。いやあ、何か凄いものを聴いてしまったなあ。

まちこまきの“ひとくちコメント”

 曲が終わった瞬間の、客席に漲る興奮の熱気が尋常じゃない。すごい演奏だと思いながら聴いていたけど、改めて本当にすごかったんだな、と終わってからじわじわくる。まだ若い感じのトランペットの人が、みんなから拍手をもらっていた時、横のベテランっぽい楽員の人も嬉しそうに、彼の背中をポンポンと叩いていたのがいい光景だった。

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