クリスティアン・ティーレマン 指揮

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

ワディム・レーピン(ヴァイオリン) 

曲目

ワーグナー/楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕の前奏曲

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲

ベートーヴェン/交響曲第5番《運命》

2010年3月24日 大阪、ザ・シンフォニーホール

 指揮者もオケも生演奏は初めて。このコンビは去年だったか一昨年だったか来日したばっかりだが、その時はチケットが高すぎる上に、メイン・プロのブラームス/第1交響曲を、前後の他のコンサートでも聴く事になっていたので、断念した。座席はオケ左横の二階ブロック最奥。指揮者を間近に見据え、オケ全体が斜め後ろから見渡せる、実に迫力のある席である。

 それにしても、いかにこのコンビの来日公演で、かつBMWがスポンサーに付いているとはいえ、凄いプログラム。ワーグナー、ブラームス、ベートーヴェンと、ドイツ音楽のコアなレパートリーを真正面からぶつけてきた印象。というより、ティーレマンは確かドイツ音楽以外のレコーディングは行っていないし、ライヴでも他の国の音楽を振った話は聞かない気がする。

 オケ登場、やはり若い楽員、女性の楽員も多し。ケンペやチェリビダッケ等、名だたる名匠のイメージが強い楽団だが、こうしてみると爽やかな印象。ティーレマン登場。すごい太鼓っ腹だが、下半身の安定感が尋常ではない。坊ちゃんカットみたいな髪型とのアンバランスもヨーロッパ風。ドイツへ行くと、確かにこういう人が豪快にビールを飲んでいる気がする。存在感だけで、既にしてカリスマ性を発している所が大物の風格である。

 ワーグナーを振り始めて、またびっくり。思いのほかテンポが速く、前のめり。古き良き時代を想起させる指揮者として、非常に人気の高い人だが、その理由の一つが分かった。まず指揮ぶりが、ざっくりと大掴みな雰囲気で、こんなので演奏できるのかなあという動きにすらオケがぴったりと付いてくる感じ、いわゆる巨匠と呼ばれた往年の名指揮者達とそっくりである。それに歌劇場叩き上げの経歴と、小細工を排した堂々たる音楽作り、自身に満ち溢れた言動に、黄金時代の巨匠の姿と重ね合わせるクラシック・ファンが多いのかもしれない。

 この人の魅力は、そういう純ドイツ風のスタイルのみならず、それでいて音楽が老成していない点にあると思う。巨匠風ではあるが、ディティールまで繊細に描かれているし、老人の指揮と違ってリズム感、音感も鋭い。ウィーン・フィルとのR・シュトラウスの録音を聴いた時も感じたが、かなり繊細で知的な指揮者だと思う。スケールの大きい音楽作りで、オケの熱演とも相まって、早くもブラヴォーの嵐。

 次はブラームス。レーピンは、神童として話題を呼んだ頃のイメージと違って、穏やかな紳士という感じ。昨年、NHKの番組で、まだニキビ面の少年の頃の彼の映像が流れていたが、別人の印象。残念なのはこのホール、舞台より背後の席だと、弦のセクションが間接音でしか聴こえてこない事で、ソロの音も例外ではない。熱演ぶりは何となく分かるが、ちょっとした節回しや音量のニュアンスなどは、あまり分からない。

 ティーレマンは、第1楽章主部から激しい指揮ぶり。前へ前へと、髪を振り乱しながら凄まじい勢いでタクトを突き刺してゆく様、すごい迫力である。テンポが恣意的によく動くのも、この人の特徴。ソリストとも積極的にコンタクトを取っている。パンフレットのレーピンのインタビューを読んでいると、ティーレマンには、強靭さと同時に、非常にもろく傷つきやすい繊細な一面がある、との言葉を発見。やっぱり。そうじゃないかと思ってた。第2楽章の木管のアンサンブルは絶品。特にオーボエの若い女性奏者は、素晴らしいパフォーマンスで客席を魅了。

 こちらも激しいブラヴォー。終始穏やかなレーピンとは対照的にティーレマンは興奮気味で、指揮台をタクトでパシパシ叩いたり、レーピンに話しかけては肩をバンバン叩き、ものすごい勢いでオケを振り返ってオーボエ奏者をバシーっと指し、ソリストに拍手を贈り、またオーボエ奏者を立たせてと、とにかく落ち着きがなく、面白い人だ。アンコールは、パガニーニの《ヴェネツィアの謝肉祭》。弦楽セクションのピツィカートに合わせて演奏。最後は洒落た感じに終わった。こんな曲、初めて聴いた。

 後半は《運命》。これもインタビューによれば、冒頭のダダダダーンは、音楽の呼吸に素直に従えば別に難しくないという。曰く「考えすぎるから力が入る」。さすがです。しかも拍手が鳴り終わるかどうかで、フライング気味にスタート。これがまた、凄い演奏。気迫の漲り方が尋常じゃない。それでいて、繊細で美しい。とにかく、テンポがよく動く。ものすごく速いテンポで、オケが超絶技巧を聴かせる場面も多い反面、停滞寸前までテンポが落ちる事もある。そしていかなる時も、中身の詰まった有機的な響きがする。これはケンペ時代から健在。

 凄いのがフィナーレ。スローテンポで壮麗に開始した後、すぐにめまぐるしいスピードで音楽を煽る。常に熱気に溢れている。ブラームスでもそうだったが、ティンパニの鋭いアクセントを随所に打ち込んでくるのも鮮烈。ラストは、これもブラームスの時同様、最後のフェルマータを伸ばしながら、何かを口走るティーレマン。感極まって、何か叫ばずにはいられないのだろうか。

 アンコールは、なんと明日の名古屋公演の一曲目に置かれているタンホイザー序曲を丸々演奏。この充実したプログラムをこなした後に、すごいスタミナだ。これまたエネルギッシュで濃厚な演奏で、ブラヴォーの嵐。今日がツアー初日とは思えない、パワー全開のパフォーマンスだった。ティーレマンは、急遽辞任を発表したファビオ・ルイージの後釜としてシュターツカペレ・ドレスデンに移るそうで、それに伴うミュンヘン・フィルとの対立も報じられたりしたが、今夜の演奏はそんな不仲説も吹き飛ばさんばかりの名演だった。

まちこまきの“ひとくちコメント”

 ティーレマンは、登場して指揮台に立つやいなや、一呼吸も入れずすぐに指揮を始める。そのスタイルが巨匠っぽい。運命でも、そのスタイルは変わらず、するっと力まず、ダダダダーンと始まったのでびっくりした。

 レーピンは、演奏していない時は、とても控えめな感じの人なのに、一旦演奏し出すと、人が変わったように堂々とオーラを放ってる。アンコールの曲が、とってもおちゃめでかわいらしく、好感度アップ。

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