フランツ・ウェルザー=メスト 指揮

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

曲目

ワーグナー/楽劇《トリスタンとイゾルデ》〜前奏曲と《愛の死》

ブルックナー/交響曲第9番

2010年11月9日 東京、サントリーホール

 久しぶりに関東でのコンサート鑑賞。ウィーン・フィルの来日公演は、関西ではチケットの入手がほぼ不可能という感じ(勿論、最高額の席はこの限りではない)。まあ、ついでに表参道ヒルズや自由が丘、鎌倉など、行ってみたかった場所を観光できたのでいいけれど。今回は憧れのサントリーホールで初めて聴けるのも嬉しい。唯一残念だったのは、小澤征爾の代役として発表されたエサ=ペッカ・サロネンが、わずか三週間ほど前になって突然「本人のコントロールが及ばない事情により来日できなくなった」(公式発表)というので、又もや指揮者が交替した事。

 ただし不幸中の幸いというか、関西公演はジョルジュ・プレートルが代役に立ち、シューベルトの2番とベートーヴェンのエロイカという少々地味なプログラムに変更されたのに対し、当公演はメインのブルックナーがマイナーな6番から人気のある9番に変更で、ワーグナーはそのまま。指揮もウィーン国立歌劇場の監督を務めるウェルザー=メストという事で、それなりに丸く収まった印象。サロネンの大ファンとしては実に残念だが、5月にフィルハーモニア管で聴いたばかりだし、ウェルザー=メストの生演奏も一度聴いてみたかったので、一応納得である。

 座席もいい。舞台背後の席で音のバランスは良くないが、前から三列目で目の前にオケが広がり、まるで自分も団員になったかのような生々しい臨場感がある。京都コンサートホールや大阪のシンフォニーホールと違って座席の位置も高くないので、舞台との距離が非常に近い。指揮者も目の前に見る事ができる。それと、演奏とは関係ないが、このホールは中に入ってから延々と階段を上らなくていい。西宮や大阪のホールはこれが大変(まあエレベーターがあるけど)。一階席と二階席の入場口が違うのは日本では珍しいが、ウィーンの楽友協会ホールと同じスタイルで、なんか格好いい感じがする。

 コンマスは、最近ウィーン・ロケのテレビ特番によく登場するライナー・キュッヘルさん。奥さんが日本人だから、毎年来日してくれるのかなあ。ウェルザー=メストは、スマートな体型とぱりっとした所作がビジネスマンっぽい。ワーグナーでは、前半の煽りと白熱した盛り上げ方にオペラ指揮者らしい才能を感じたが、後半のクライマックスは淡白で燃焼不足。コアなワーグナー・ファンには物足りない演奏かも。座席がホルン・パートの真後ろで、朝顔がみんなこっちを向いているので、ほとんどホルンのシャワーを浴びる感じだが、音響バランスさえ度外視すれば、これはもう極上というべき音の桃源郷。素晴らしいサウンドに包まれる。

 後半はブルックナー、ホルンも倍の人数に増える。1曲目もそうだったが、若いホルン奏者二人が出入りの際、後部席最前列の男性客に笑顔を投げかけ、時には手を敬礼の形にして挨拶しあったりしている。ブルックナーの生演奏は、ブロムシュテット/ゲヴァントハウス管の7番以来わずか二度目だが、よく聴くととても前衛的な曲で、もしかするとマーラーよりずっとモダンかもと思う瞬間が多々ある。特に第2楽章主部の執拗な和音連打は、生で聴くといかにも粗野で激烈な印象。弦楽セクションはここで全ての音符を下げ弓で弾いていたが、これは一般的なのだろうか。

 ウェルザー=メストの演奏は、どこか一線を越えないスマートさがあってもどかしく、クライマックスでも感情的な爆発力には乏しい。見ていると、腕と体の動きが常にしなやかに流れているのに対し、首から上がほとんど動かない。顔もメガネのせいか無表情に見えるので、視覚的にもビジネスライクな感じ。顔を動かしすぎてちゃんと指揮できているのか疑問すら湧いてくるファビオ・ルイージとは対照的なスタイルだ。

 オケは素晴らしく、終演後はどんどんブラヴォーが飛ぶ。代役としてよく頑張ったねという評価もあるのだろう。アンコールはなし。彼は翌週に来日するクリーヴランド管弦楽団の指揮も振る(というよりそっちが本来のスケジュール)が、クリーヴランドのスタイルの方がより彼の資質に合っているように思う。ちなみに、彼が今回のウィーン・フィル来日公演で代役に立つのは本日の一公演のみ。他は全てネルソンスとプレートルが担当しているので、私達はむしろラッキーだったかもしれない。

《追記》

 後で知りましたが、同オケのコントラバス奏者ゲオルグ・シュトラッカさんが、なんと11月3日に富士山で亡くなっていたそうです。ツアーは1日にサントリーホールでスタートし、2日の川口公演の後、5日の川崎公演まで二日間休みだったので、楽友協会の楽器技師と二人で富士登山に向かい、途中で滑落して亡くなったとの事でした。この夜、彼らがそんな悲しみを抱えながら演奏していたなんて全く知りませんでした。それでも客席に笑顔を向けていたホルン奏者達の事を思い出すと、何だか涙が出そうになります。

 この夏は大阪センチュリー響のコントラバス奏者、奥田一夫さんもやはり山でマウンテンバイクの事故によって亡くなっているし、ウィーン・フィルといえば1969年からの名コンサートマスター、ゲアハルト・ヘッツェルさんの痛ましい事故を思い出します。彼は92年、ザルツブルク音楽祭の合間に近郊の登山中に滑落し、咄嗟に手をかばったために頭部を強打して亡くなりました。思えば、70年代から同オケで活躍してきた古株のコンマスは、もうキュッヘルさんだけになってしまいましたね。

 シュトラッカさんのご冥福を心よりお祈りします。

まちこまきの“ひとくちコメント”

 ウェルザー=メストのクールなオーラに驚き。指揮者なので当然動いているのだが、表情と姿勢が全く崩れないので、どんな盛り上がりの時にも冷静に見えるのだ。顔だけ見てたら、まさか今ウィーンフィルの指揮をしている人には見えない。新聞を読んでるビジネスマンのようだ。それなのに、楽員達は、体を動かし熱い演奏をしているので、なんだかとても不思議なやりとりが行われているようだった。

 地元の関西のお客さんより、関東の人はこぎれいな格好のお客さんが多い気がする。そしてちゃんと最後の余韻まで聴いてから拍手をしていたので、さすが東京は公演数が多いだけあって、お客さんも心得ているな、という感じだった。

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