このホールでは何度も佐渡さんの演奏を聴いているけれど、海外オケは初めて。よく考えたら、ホール専属オケ以外の公演で佐渡さんの生演奏を聴くのは初である。ベルリン・ドイツ響を生で聴くのも初めて。かつてベルリン放送響としてマゼール、シャイー、アシュケナージ、ナガノと数々のディスクで聴いてきた、録音では大変に馴染みのあるオケである。楽しみ。席は二階の右サイド席。 最初はベートーヴェン。この曲は生演奏をよく聴くような気がするが、ベートーヴェンのイヤな面が出た曲で私はあまり好きじゃない。佐渡さんの棒もオケの演奏も、ほんのジャブ程度という感じ。続いてモーツァルト。これはもうオケの序奏部からして素晴らしい。フットワークの軽さと雄弁な歌心。タクトなしで指揮する佐渡さん、モーツァルトをよく振っているイメージはあまりないけれど、かなり向いているんじゃないかと思う。ボジャノフがまた凄い。打鍵が強靭で、金属的なまでの硬質なタッチが特徴だが、何よりも音楽の流れへの身の委ね方が自在で、傍目にも彼の体から音楽が湧き出ているような印象すら受けるくらい。 ボジャノフのアンコールはリスト、ペトラルカのソネット。こちらが本領発揮かという程の迫力ある演奏。個人的にピアノ曲というジャンルはあまり詳しくない上、リストは特に聴かないので、すごく良い曲だなあと思いながらも、一体誰の曲だろうと推測。ピアニストの作品っぽい華麗な感じもあるし、スラヴ系の暗さもあるし、ラフマニノフかスクリャービン辺りかなと思っていたが、ロビーに貼り出された曲名にリストの名前を見つけた時は、自分の目と耳を思わず疑った。リストももっと聴かねば。 後半は、レコーディングもしているお得意のチャイ5。第1楽章は、序奏部から長い間を挿入し、彫りの深い造形。主部も、リズムをかっちり刻んでゆくというより、旋律線を大きく掴んで表情を付けてゆくアプローチ。徹底して横の流れに感情を乗せていく行き方は、師匠の一人・小澤征爾よりもカラヤンに近い感じ。木管楽器の音があまり前に出て来ないのは、指揮者のバランス感覚か、弦のセクションに威力がありすぎるせいか。コーダで一段階テンポを上げたのはとても効果的。 第2楽章は一転してオーソドックスな造形ながら、やはり心行くまで旋律を歌わせる演奏。ホルンのソロは、前の楽章で吹き損ねがあったので心配したが、見事なパフォーマンス。ただ、音色的には、例えば2005年のエッシェンバッハ/フィラデルフィア管の時のような、美麗極まる音で客席を魅了するという感じではなく、素朴な印象。やはり木管の動きがマスの響きに埋もれがちである。 第3楽章のワルツは、コーダをはじめテンポを動かして個性的な解釈も盛り込んでいるが、ホルンのゲシュトップの音を強調するなど、やや耳に違和感のある表現もあり。フィナーレはさすがの盛り上がりで、やや腰の重い箇所もありつつも、白熱したクライマックスに観客熱狂。トゥッティでも一本調子に陥らず、音量の増減を細かく演出して単なる爆演に終らない所、才気を感じる。 それにしても佐渡さん、オケの響きを両腕で掴んでコントロールしてゆくような、自由かつ大胆な指揮が圧倒的。5月にはベルリン・フィルの指揮台に立つという積年の夢を叶えて、次のステップへ進んだ事で急激に指揮も上手くなったんじゃないかと感じたが、よく考えたら今までPACオケでしか彼の指揮を見ていない訳で、うまいオケを振る時は指揮の仕方が違うのも当然かも。アンコールは同じ作曲家の弦楽セレナードからエレジー。個人的に大好きな曲という事もあるが、オケの弦楽合奏の上手さに感動。何という美しい音色と集中力! |