個人的には、2010年5月の来日公演以来約3年振りのサロネン&フィルハーモニア管。もうそんなに経つのかという感じ。座席は、一階左サイド・バルコニー席の最もステージ寄りブロック二列目。指揮者、ソリスト、オケ全体がよく見える良席。昨日のロッテルダム・フィルに続き、二日連続で徒歩で音楽鑑賞に来れるとは、有り難い限り。 こちらもほぼ全楽員がステージ上で自主練していて、コンマスが入ってくるまで拍手なし。やはり若い楽員、女性メンバーも多く、ホルンの首席に二人、コントラバスにも一人。チェロには黒人男性がいるのも珍しいが、アジア系は少なく、欧米のオケでメンバー表に日本人の名前がないのは珍しいかも。 1曲目はベートーヴェンの劇音楽序曲。レアな曲だが、ベートーヴェンではたまにあるハズレ曲ではなく、聴き応えのある立派な作品。サロネンの指揮も冒頭の金管ファンファーレとオケの掛け合いから、タクトを大きく振りかぶって鋭く一閃させるなど、実にシャープで激しいもの。短い曲だが、最後は熱っぽく盛り上げてエキサイティングに終了。 続いてアンスネスをソロに迎えたコンチェルト。初めてサロネンの実演に接した、ロス・フィルとの94年来日公演時のソリストもアンスネスで、約20年の時の流れに感慨深いものがある。ソロは硬質で美しいタッチを煌めかせる芸風が相変わらず。オケの音彩、特に木管の優しい音色が素晴らしく、ホールに暖かな叙情の響きが鳴り渡る、至福のパフォーマンス。勿論この指揮者、このピアニストだから、随所に鋭利なアクセントとリズム感が冴え渡り、柔和一辺倒ではない。鮮やかな演奏を繰り広げつつ、見事なコーダを迎えてブラヴォーが飛び交う。 アンコールは、同じ作曲家のピアノ・ソナタ第22番から第2楽章。ソナタの一部をアンコールというのはあまりないようにも思うが、曲調からするとなかなか気の効いた選曲。ちなみにアンスネスは燕尾服ではなく、スーツにネクタイでスタイリッシュに決めていた(サロネンは黒の詰め襟)。 後半は《巨人》。マーラーの場合も、コンサートでは《巨人》と5番ばかりに偏っており、ちょっと食傷気味。興味のあるアーティストの来日でも、これらの曲がプログラムされているとチケット購入を見送る事がよくある。招聘する側は人気作品で少しでもチケットを売ろうという考えだろうが、クラシック・ファンが主なターゲットなのだから、同じ曲ばかりでは逆効果ではないだろうか。いかな人気アーティストとはいえ、《新世界》やブラームスの1番、ベートーヴェンの7番(このツアーにも入っている)ばかり何度でも聴きたいというリスナーは、そうそういないと思う。 今回はそれでも、演奏が格別。サロネンの指揮はほとんど何を聴いても面白いが、同じ曲でも演奏する度に違った解釈を施すのが、彼のユニークな所である。全くこの人は、どれだけのアイデアを持っているのだろう。随所に大胆な全休止を挿入するのも即興風で、細部の処理も入念。マーラーの曲は実演だと大音響が続いて辟易する事も多いが、サロネンは響きを徹底的に作り込んでいるせいか、聴いていて疲れない。 近くで見ていると、彼の棒さばきには惚れ惚れとさせられる。前にも書いたが、パーヴォ・ヤルヴィやヤンソンス、ネルソンスなど、北欧やバルト三国出身の指揮者にはバトン・テクニックに秀でた人が多い。しなやかで、かつ鋭敏、アクセントを強調する時の燃え上がるような烈しさなど、とにかく見栄えがして、いわゆる、「カッコいい」指揮。 大曲を演奏する際に、コーダでテンポを煽って小気味良く締めくくるのはサロネンが得意とするスタイルで、過去にこの曲を振った時もやっていたが、今回は変化球。終楽章の最後の部分をアッチェレで煽る指揮者はたまにいて、ここ数年の公演だとシャイー/ゲヴァントハウス管やメータ/イスラエル・フィルもこの手法でスリリングに盛り上げていたが、サロネンは凱旋行進の途中でぐっとテンポを落とし、主題を雄大に鳴り響かせてから、最後の追い込みで凄まじくテンポを上げる。聴いた事がないほど速いテンポで一気に終了した所で、熱狂的なブラヴォーの嵐。 サロネン自ら口頭で告げたアンコールは、ルチアーノ・ベリオが編曲したボッケリーニの《マドリードの帰営ラッパ》。彼はこの曲が気に入っているようで、シカゴ響に客演した時も取り上げていた。華やかで楽しい曲で、オーケストレーションも凝っており、アンコールには最適。 昨日のネゼ=セガンを聴いた後だと、やはりサロネンの才能は図抜けており、格が全然違う印象を持った。フィルハーモニア管も素晴らしい団体で、技術力や弦の美しい音色はさすがだけど、ロンドン響やロイヤル・フィルと同じように、極端にデリケートな弱音は苦手なのではないかと感じた。バイエルン放送響やベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管の実演で聴衆の度肝を抜く、あの信じられないほど小さな音というのは、英国のオケでは聴けないような。 |