ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン 指揮

ニューヨーク・フィルハーモニック

五嶋龍(ヴァイオリン)

曲目

ワーヘナール/序曲《シラノ・ド・ベルジュラック》

メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲

ストラヴィンスキー/バレエ音楽《春の祭典》

2018年3月11日 京都コンサートホール

 京都は久しぶりだなと思っていたら、なんと11年11月のパリ管公演以来6年4か月ぶりだった。オケも指揮者もソリストも、初めての生鑑賞。座席はオケの後方席最後列。ズヴェーデンは名前も顔も知っているけど、CDを買わない限りなかなか聴く機会がなく、又、聴く機会がないと良いのか悪いのか分からないので、ずっと評価が保留になっていた指揮者だった。大体、コンサートマスター上がりの指揮者という事であまり興味が湧かない事もあったのだが、生で聴いて納得。めちゃ凄い人でした。

 まず、登壇した瞬間に全身から放たれているカリスマ性が凄い。写真の印象から痩せた貧相な人を想像していたら、かなり恰幅の良い、迫力のある人だった。指揮台に立つと、なんとも言えない緊張感が場を支配する。そして指揮棒を振りかざすと、オケの後方で聴いている私達まで演奏しなくてはいけないと感じるほどの強力なオーラを放出し、これは演奏云々よりもまず、存在自体が生まれ持っての指揮者だなと納得。

 1曲目はワーヘナール。自国(オランダ)の無名曲をプログラムにごり押しで入れる感じも、なんだか剛毅である。シラノというと往年の読書家には懐かしい物語だが、曲はワーグナー風の管弦楽で、ベルリオーズの賑やかな曲想を展開した感じ。とにかく各パートがせわしなく出たり入ったり、忙しい雰囲気は完全にベルリオーズである。指揮もおそろしく雄弁で、弦楽セクションの濃密な表情の付け方などはさすがヴァイオリン奏者出身。指揮棒をくねらせすぎるスタイルは物マネに見えてしまうので好悪を分けるが、あらゆるフレーズを振り分ける忙しさは曲と同傾向。

 オケは、大方予想はしていたが、ヴァイオリン・セクションの楽員がほぼアジア系である。それも今の時代はもう日本人ではなく、ほとんど中国人か韓国人。ただしオケ全体の音色は、バーンスタインやメータの時代の薄手でギラギラと派手な感じではなく、弦楽器を中心に柔らかく、分厚い音に聴こえるのが意外。とはいってもかなりラウドな音で、エネルギーの大きさはイメージ通りだが、分離・拡散の傾向が強かったこのオケのサウンドにも、変化は訪れているのかもしれない。

 2曲目は、TV番組「題名のない音楽会」を降板して以来、久々に顔を見る五嶋龍。空手をやっている人特有の体つきと歩き方だが、しなやかな美音は曲にうまくマッチ。技術的にも申し分のない弾きっぷりながら、第1楽章カデンツァの前辺りとその後のどこかで、ピッチの危うい箇所があったような(私の気のせい?)。会場には10歳以下と見られるお子が数名いらっしゃり、最初の曲ではその集中力に感心したが、さすがにメンコンではママに寄りかかっておねむの子も。五嶋氏は客席とオケへの挨拶の仕方も独特で、やはり空手の流儀を連想させるステージ・マナー。

 後半は《春の祭典》。冒頭のファゴット・ソロから超絶。白髪短髪の年配マダムが吹いているが、後ろから見るとかなりのハイヒールを履いていた。年配のマダム、白髪、短髪、ハイヒール、超絶ファゴット・ソロ、ニューヨークのトップ・オケというイメージの跳躍に、目が眩みそうである。その後も管楽器の合奏力が見事で、各パートが技術の粋を尽くす。

 ズヴェーデン氏のスコア解釈はあくまでオーソドックスだが、やはり表情を濃密に掘り下げてゆく。基本的に間合いを挟まず、前のめりに次の音、次の楽想へと、鼻面を突っ込むようにして飛び込んでゆく前傾姿勢もユニーク。全編を一筆書きで一気に描き上げる感じ。打楽器の強打などアクセントも激烈で、句読点や輪郭は明瞭に付けている。さすがに拍子が複雑なのでワーヘナールのように自由自在には振れないが、この曲としては細かく表情を指示している方だと感じた。

 アンコールは、ワーグナーの《ワルキューレの騎行》。ワーグナーを得意にしているようなので、きっと《ローエングリン》の第3幕前奏曲辺りをやるんじゃないかと思っていたが、あながち遠からず。これがもう、バルブを全開にしたゴリゴリのゴージャス・サウンドで、帰りの人混みの中からも「やっぱニューヨークってこういう音やねんなあ。ヨーロッパの鳴らし方とは違うんかなあ」という声が聞こえてくる。同感である。

 座席にもよるとは思うが、このホールは割にどの席で聴いても、残響が飽和して細部が聴き取れない事が多く、本日もそのパターン。バス・トロンボーンやテューバ、大太鼓など、低音部の鋭利なアクセントは抜けが良いが、高音域はシンバルやトライアングル、トランペット、ピッコロでさえマスキングされてしまう。むしろ、席によってごく稀にちょうど良く聴こえる感じで、ダメな時の方が多いのは残念である。オケの後方席だと当然条件も悪いので、余計に音がこもって聴こえてしまう。

 ちなみに後でパンフレットを見ると、数少ない日本人メンバーであるチェロの工藤すみれ氏が、ズヴェーデンの事をこう評していた「彼が指揮台に立つ時は、その強烈な意志を感じてとても緊張する。音楽家として、さらなる高みを目指さなくてはとこちらを駆り立てる指揮者で、リハーサルの後はいつもヘトヘトで昼寝が必要です」。舞台で観た印象とぴったり合致して思わず納得。

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