毎年定番になった芸文センター夏のオペラ公演。ここ数年はバーンスタイン作品やオペレッタが続いていたので、プッチーニは大歓迎。とは言っても、個人的には《トゥーランドット》か《ボエーム》が好きなのだけれど。座席は一階中央席後列のど真ん中。海外オペラハウスの引っ越し公演では、まず手の届かない値段が付く席である。音響的にはベストだが、ピットの中が全く見えないのは残念。 今回はコンマスにトリノ王立歌劇場のステファノ・ヴァニャレッリ、チェロに同オケ首席のレリヤ・ルキッチが入る他、元ウィーン・フィル/ウィーン国立歌劇場のペーター・ヴェヒター(ヴァイオリン)とペーター・シュミードル(クラリネットの世界的名手! 豪華すぎ!)、同オケ現役メンバーのミヒャエル・ブラデラー、元ウィーン交響楽団の首席ヴィオラ奏者ジークフリート・フューリンガーがゲスト参加。 オペラハウスのコンマスを迎えたせいか、座席の位置で聴こえ方が違うのか、ともかくオーケストラの豊麗かつダイナミックな響きに圧倒された印象。バスドラムの重低音やソリッドなブラスの咆哮、厚みのある弦のカンタービレなど、今までこのピットから聴こえてきたどのサウンドより充実して聴こえた。しかも、佐渡さんのドラマティックな棒さばきが素晴らしい。ここまでオペラに対する劇的センスを持ち合わせた人だとは、失礼ながら知らなかった。そうなるとますますオペレッタばかりじゃ勿体ない。《エウゲニー・オネーギン》や《アイーダ》、《サロメ》辺りをぶちかまして欲しい。 歌手は、現在欧米の歌劇場を席巻している売り出し中の若手で占められているが、タイトルロールのヴァシレヴァが声質、表現共に抜きん出た印象。ブラジル出身のアランカムが歌うカヴァラドッシは、やや金属的な響きのある細身の声に聴こえたが、後半だんだん良くなり、第3幕の“星は光りぬ”は見事に歌った(もっとブラヴォーが来てもいいくらいだった)。ただ、第1幕の二重唱は、旋律の頂点で大きくルバートするスタイルで、逆に旋律線が分かりにくい感じ。これは佐渡さんのテンポ設定がそうなっているせいで、オーケストラがこの旋律を歌う所も、全てこのテンポ・ルバートで演奏していた。 スカルピアのグリムズレイは長身で存在感があり、カーテンコールで大きな声援を贈られたけど、やはり細身の声で音程が聴き取りづらいように感じた。もっとも、バス/バリトンは生舞台でそういう風に聴こえがちなので、彼のせいばかりではないのかも。合唱や脇役の日本勢も健闘していて、特に堂守の志村文彦は日本人らしからぬ野太い声で迫力満点。 指揮者クラウディオ・アバドの息子、ダニエレの演出がとても良く、彼よりも名声と実績のあるルカ・ロンコーニやニコラウス・レーンホフの演出よりずっと優れていると思った。妙な読み替えをせず、劇の時代背景を連想させる美術セット、衣装を使って格調高い雰囲気を作り上げている所がオペラ・ファン好みだし、群衆を使う場面もスケール感十分。それでいて巨大な鏡や傾いた回転セット、背景の映像(これは少々わずらわしい)など、現代的なアイデアも随所に盛り込む。 唯一、ラストシーンだけは人の配置、仕掛け共に迫力が足りなかったかも。トスカを追いつめる役人達が二人というのは切迫感に欠けるし、投身の描き方も迫力とカタルシスには今一歩という感じ。あんなにうるさかったスクリーンも、肝心のここに至って、夜明けを表すオレンジの無地のホリゾントのみでつまらない。ここははったりでも、何か派手な演出が出来たのでは? |