チェコを代表する巨匠トルンカの長編人形アニメを網羅した作品集

イジー・トルンカ作品集 vol.1〜5

 

 イジー・トルンカ(1912〜1969)はチェコを代表するアニメーション作家/絵本作家です。絵本の分野でも多数の名作を残していますので(絵本では“イジー・トゥルンカ”と訳されています)、プロフィールは《大人のための絵本館》コーナーをご参照下さい。彼の主要な作品は人形アニメですが、そのほとんどにブジェチスラフ・ポヤル(《チェコアニメ傑作選》に作品収録)がアニメーターとして参加している点も注目されます。

 作品集と銘打たれたこのシリーズは、長編人形アニメ全5作に短編(主にセル・アニメ)を組み合わせたもので、別に出ている短編集『イジー・トルンカの世界』全3巻と合わせると彼のアニメーション世界全体をほぼ俯瞰できます。尚、この作品集ではメーカーが作者の名前を“イジー”ではなく“イジィ”と表記しているので、インターネットで検索する場合はご注意下さい。

《vol.1》  『チェコの四季』(1947)、『おじいさんの砂糖大根』(1945)

 チェコの年中行事と四季の風物詩を描いた『チェコの四季』は、トルンカの長編人形アニメ第1作。全体は「謝肉祭」「春」「聖プロコップ伝説」「巡礼」「聖名祝日」「ベツレヘム」の六つのパートに分かれ、この後もコンビを組んでゆく作曲家ヴァーツラフ・トロヤンの音楽によって進行します。人形は造形も動きも素晴らしいし、チェコの言葉遊びや言い伝えを盛り込んだ子供達の合唱も趣がありますが、ストーリーもセリフもなしの人形パントマイム80分強はなかなかの精神力勝負で、私などは観るたびに睡魔との戦いになってしまうのが辛い所。(トルンカ・ファンの皆様、スミマセン)

 育ち過ぎの砂糖大根と格闘する人間と動物達を描くセル・アニメ『おじいさんの砂糖大根』は、記念すべきトルンカ初めてのアニメ作品。水彩画の柔らかいタッチや独特の造形感覚に、当時全盛だったディズニー・アニメとは一線を画する個性を感じます。同郷の作曲家トロヤンとも、本作が初めての出会い。

《vol.2》  『チェコの古代伝説』(1952)、『動物たちと山賊』(1946)

 『チェコの古代伝説』はチェコ建国の戦いを描いた一大民族叙事詩。森や動物達の描写も素晴らしく、水中の魚や、水面の反射を受ける人物、空を舞う鳥の群れが大地に落とす影など、一体どうやって撮影したのか感嘆してしまう場面も多数。キャメラワークも凝っていて、戦闘シーンのスペクタクルも語り草です。しかしナレーションは入るもののやはりトーンが一定で、流れに大きな緩急を付けるようなエンタメ精神には欠けるため、体調によってはやはり眠気が…(重ね重ねスミマセン!)。とにかく、気合いが入ってます。凄さは伝わります。第14回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞。

 グリム童話《ブレーメンの音楽隊》の類型民話と思われる『動物たちと山賊』は、第1回のカンヌ映画祭でディズニーやポール・グリモーと競ってグランプリに輝いた短編セル・アニメ。山賊たちや背景のデザインは、トルンカの絵本をよく知っている人にはお馴染みの雰囲気。

《vol.3》  『バヤヤ』(1950)、『金の魚』(1951)

 傑作として名高い『バヤヤ』は、貧しい青年が素性を隠して馬上の騎士となり、ドラゴンを倒して姫を救う民話風の物語。失踪した母親が馬に姿を変え、主人公を城へ導いてゆく前半部からして、暗い影が落ちる物語展開に魅了されますが、姫を救ったのはいいものの、素性を明かせぬ故に愛を得られない青年の描写に、大人向けの切ない味わいがあります。トロヤンの美しい音楽が印象的な他、各章冒頭の凝った飾り文字のアニメーションも素敵。

 短編『金の魚』は、セル・アニメというより、動かないイラストを使ってキャメラワークと編集、ナレーションで構成した、異色の映像作品。いわば動的な視点で語る紙芝居という感じでしょうか。トルンカは後に、『おじいさんの物々交換』でもこの手法を使っています。釣った魚を助けた見返りに様々な願いを叶えてもらうが、欲張り過ぎて全て失ってしまうという、各国の民話によく類型が見られるお話。

《vol.4》  『皇帝の鶯』(1948)、『贈り物』(1946)

 アンデルセン原作の『皇帝の鶯』は、『チェコの四季』に続く長編第二作。最初と最後に実写のパートがあって、これは病弱のため門の外へ出られない男の子のエピソード。子供の部屋にある数々の玩具は、本編の人形アニメにもあちこちで登場し、実写場面も時折断片的に挿入されたりして、相互の世界が微妙に干渉するように作られています。玩具のデザインなどユーモラスな風情もありますが、オルゴールの鶯に夢中になった挙げ句、失った物(本物の鶯)の大切さに思いを馳せる幼い皇帝の姿には、どこか哀愁も漂います。オルゴールや鶯の歌など、随所に才能を発揮するトロヤンの音楽が出色。舞台背景を反映して、中国風のデザインがなされている人形や美術も見所です。ただ、実写部分も含め、全てがセリフなしのパントマイムなもので…。

 セル・アニメ『贈り物』は、短編ながらこちらも実写のプロローグ&エピローグが付いた、ユニークな作品。売れない脚本家がやっと完成させた新作という設定の本編は、都会的でシニカルな大人向けのコメディ。スピーディに展開するアニメーションも見ものですが、生き生きとユーモラスなナレーションの語り口は、どこか紙芝居や活動写真の弁士を想起させます。コミカルな絵のタッチも要注目。

《vol.5》  『真夏の夜の夢』(1959)、『おじいさんの物々交換』(1954)、『クテャーセクとクティルカ』(1954)

 トルンカ5作目にして最後の長編人形アニメは、有名な戯曲への挑戦。饒舌なセリフの応酬で展開するシェイクスピアの戯曲を、トルンカはナレーションと音楽、人形のパントマイムで表現。シェイクスピア作品の中では個人的にも特に好きな戯曲なので、映画や舞台もかなり見ましたが、トルンカ版は幻想味とポエジーにおいて傑出していると感じました。

 本作には、今までの長編と違う点が幾つかあります。まず、フィルムが今まで使用してきたアグファからイーストマンカラーに変わり、画面サイズもシネマスコープを採用している事。それから、トロヤンの音楽を演奏しているのが名指揮者カレル・アンチェルとチェコ・フィルハーモニー管弦楽団である事。演奏の繊細な美しさは過去作品の比ではありませんが、映像もブルーを基調にした鮮やかな色彩が従来の作品とは見違えるようにカラフルで、全編を通じてうっとりと夢見心地。キャメラワークや美術もシネスコを意識した作りで、大画面の中に緻密に表現された背景や小道具、人形のディティールに感動すら覚えます。正に、トルンカの代表作と言える出来映え。

 短編『おじいさんの物々交換』は『金の魚』と同じ手法で製作されていますが、こちらはハートウォーミングなお話でナレーションの語り口も柔らかい感じ。味わい深いイラストとスピーディなカット割は健在です。一方『クテャーセクとクティルカ』はアニメではなく完全実写作品。二体のかわいい指人形と普通のおっちゃんが演じるピエロによる、子供向けの寸劇です。

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