詩的な文章とひねりの効いたストーリーが痛快な、動物達の寓話風短編集

頭のうちどころが悪かった熊の話』 (理論社)

 安東みきえ 

 “現代のイソップ童話”という触れ込みの、動物達を主人公にした短編集。正にイソップの寓話を思わせる、皮肉と優しさ、寓意と意外性の入り交じった、著者の才気がほとばしる名篇揃いです。いわゆる子供向けの童話という感じではないし、同封のチラシを見る限り、出版社は本書をヤングアダルト層向けシリーズに位置付けているようですが、詩的な比喩や苦みばしった心理表現など、最も楽しめる年齢層は大人ではないかと思います。

 私はこの本を、神戸・有馬の温泉街にあるおもちゃ博物館のショップで発見しました。ロダーリの『パパの電話を待ちながら』と共に、店先でガラスケースの中に陳列してあったのですが、まさか山の中の温泉街でこんな本に出会うとは意外な出会いもあるものです。作中でもモダンなデザイン・センスを発揮している下和田サチヨのイラストと、作家・梨木香歩の推薦文が帯に出ていたのも目を惹きました。書籍の紹介で帯コメントを引用するのもおかしな話ですが、大人を夢中にさせる本書の特質をよくあらわしているので、敢えて引いてみます。

 

「初めて安東みきえの短編を読んだときの、胸のすくような思いと驚きは忘れられない。それ以来ずっと短編集が出版されるのを心待ちにしていたのだが、この春ようやくその思いが叶った。」(’07.48.朝日新聞)

 

 どの短編も、キャラクターやプロットは童話風ですが、ひねりの効いた展開や各キャラの性格描写、そして何よりも、既成の価値観に対する因習打破的な態度が、独自の世界を形成しています。特にストーリーが、緻密に計算された見事な収束を迎える瞬間、思わず「あっ!」と快哉を叫びたくなる事もしばしば。漢字にはあちこちルビがふってありますが、文学的な比喩も満載で、青少年少女のみならず大人が味わうに十分なものです。例えば、こんな一文はどうでしょう。

 

 池の水が、空と折り合いをつけながら明るくなっていく。

 九十九匹のおたまじゃくしが、丸まっていた体をきゅるんとほどいて、朝の冷たい水の中を機嫌よく泳ぎはじめたころ、ハテだけはまだ池の底にもぐっていた。

 ハテは、丸い頭にまっ黒い夜をぎゅっとつめこんだまま、ぐっすりと眠っていた。

                         (「池の中の王様」より)

 

 本書には、第11回小さな童話大賞の選者賞を受賞した『いただきます』や書き下ろし2作を含む、7篇の作品を収録。安東みきえの作品は、同じく下和田サチヨと組んだ『まるまれアルマジロ 卵からはじまる5つの話』や、人間の少女が主人公の『天のシーソー』(第11回椋鳩十児童文学賞受賞)も同じ出版社から出ていますので、お薦めです。

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