魔術的リアリズムによって現実と幻想の垣根をやすやすと飛び越える短篇集

エレンディラ』 (ちくま文庫)

 ガブリエル・ガルシア=マルケス  訳:鼓直、木村榮一

 コロンビアのノーベル賞作家、ガルシア=マルケスの中短篇集。マジック・リアリズムの旗手として知られる彼は、読書家の間で熱狂的に支持されている作家。私も大ファンです。本来ならば代表作の『百年の孤独』を取り上げるべきなのでしょうが、当コーナーはあくまでもプチ読書好き向けですので、大作よりもやはり短篇集がお薦めになりましょう。

 本書は、その『百年の孤独』と、もう一つの大作『族長の秋』に挟まれた時期に生まれた短篇集で、“大人のための残酷な童話”として書かれた6つの短篇と、中篇『無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』で構成されています。中篇は蜷川幸雄演出、マイケル・ナイマン音楽で舞台化された『エレンディラ』の原作で、私も実はこの劇を鑑賞するために予習として読んだのですが、その『エレンディラ』には今ひとつピンとこず、むしろ他の短篇が無類に面白くてハマってしまったという感じです。

 作品はどれも民話や神話の語り口をほうふつさせるもので、羽根の生えた男や幽霊船、海底都市などが日常の描写に混じって語られるという、いかにもガルシア=マルケスらしい奇想天外なものばかり。例えば、『失われた時の海』では、主人公が海に潜ってウミガメを捕りにゆく場面がありますが、その途中に死者の水域があり、海中におびただしい数の死者が仰向けに浮かんでいるという、図抜けて不思議で、また美しくもあるこの凄絶な描写といったら!

 文体も独特で、それがファンタジーを日常に誘い込むのにひと役買っています。ガルシア=マルケスは、例えば浜辺に夕暮れが訪れるような場面も、「やがてあたりはもの悲しくなり、ふたたび暗くなり始めた」と表現します。日本語訳がどこまで原文に忠実かは私にも分かりませんが、それはともかくとして、「ひっそりとしてきた」でも「静かになった」でもなく、「もの悲しくなった」と形容する所がミソです。

 私はかねがね、このマジック・リアリズムという手法に興味があり、一体なぜこうも現実と幻想を仲良く共存させ、その垣根を軽々と飛び越えられるのか、その秘密を掴みたいと思っていましたが、訳者あとがきを読むと、どうもラテン・アメリカの人々にとっては、これは幻想ではなく日常の一部らしく、仰天すると共に、納得もした次第です。そりゃ、日本でチマチマ暮らしている私なんて、到底かないません。

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