イタリアのノーベル賞作家ピランデッロによる、多彩かつユニークな短編集

月を見つけたチャウラ』 (光文社古典新訳文庫)

 ルイジ・ピランデッロ  訳:関口英子

 イタリア、シチリア島出身のノーベル賞作家、ピランデッロの短編集。劇作家としては知られていたようですが、短編の名手でもある小説家としての顔は我が国であまり紹介されてこなかった経緯もあり、このたび新訳で文庫化されたのは快挙といっていいでしょう。同時期に、タヴィアーニ兄弟が監督した同名映画の原作『カオス・シチリア物語』も単行本発売されたので、ファンも増えて欲しい所。

彼の短編は、独創的な設定にブラック・ユーモアを交えた調子のものが多いですが、文庫本解説にもあるように、根底にあるのは自己の存在や人生に対する懐疑の感覚です。自分は誰なのか、本当は別人の人生を別の場所から見ているだけではないだろうか、という視点が様々な作品の中でテーマとして出てきます。この点に関しては、私はあまり強い共感を覚えないのですが、それを抜きにしても読んで面白い作品が目白押しなので、読書好きの人には是非手に取って欲しいと思います。

 個人的に興味を惹かれたのは、何気なくやった動作によって周囲の人間が次々と死んでゆく『ひと吹き』、重厚な調子で進めながらおバカなオチで笑いを誘う『手押し車』、夫人と婿がそれぞれお互いを狂人だと説明した事で町の人々が翻弄される『フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏』、乗っていた列車から突然夜の駅に下ろされ、それまでの記憶が全くないという秀逸な書き出しで始まる『ある一日』など。動物が主人公の寓話的な短編も幾つかありますが、思わずたじろぐような残酷な結末を迎えたりするのも、現代感覚という感じです。

 前述の『カオス・シチリア物語』は、映画の原作となった数篇にシチリアを舞台にした短篇を幾つかプラスした本で、テイストとしては、より演劇的でリアリスティックな人間ドラマが中心という印象。初めてピランデッロ作品を読むという人には、作風がバラエティに富む『月を見つけたチャウラ』の方がお薦めだと思います。『甕』『ミッツァロのカラス』は双方に収録されているので、翻訳の違いを楽しむのもありかも。

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