不安感や不条理を奇抜なアイデアで描いて「イタリアのカフカ」とも呼ばれる、ブッツァーティの短編集。光文社の古典新訳文庫からも『神を見た犬』という短編集が出ていますが、収録されている作品は本書の方が完全に私好みのため、後から出た岩波文庫の方を取り上げました。本書が気に入った方は、ぜひ古本で数種類出回っている単行本も探して欲しい作家です。 難解な作風のカフカと比べると親しみやすい文章ながら、ブッツァーティの作品は冴え冴えとした鋭利な文体によって、緊張度の高い状況に読者を置く事が多く、時に何とも言えない凄味が漂います。彼の作品で多いのは、「もし、こうだったらどうしよう」という不安感がどんどん膨れ上がるというパターン。それと共に、登場人物の行動パターンとして多いのが、不安を感じながらも、周囲の目を気にして平静を装う態度です。 有名な短篇《なにかが起った》では、特急電車の進行方向から取り乱しながら逃げてくる多くの人々を車窓に確認しながら、乗客の誰もが終着駅まで気付かないフリを装います。《それでも戸を叩く》も、外に洪水が迫る気配を感じながら、手遅れになるまで認めようとしない一家の話。アパートの共用階段を夜な夜な上がってくる水滴の音に、各戸の住民が息を潜めて聞き入るという《水滴》も、このバリエーションと言えるでしょう。《山崩れ》や《道路開通式》など、いつまで経っても目的地に辿り着けない不条理も、ブッツァーティ作品によくあるテーマです。 本書は様々なタイプの短篇を収録していて、光文社版と同様、個人的にもお気に入りの代表作《七階》も収録していますが、彼の作品にはまだまだ文庫化されていない凄いものがあるので、ぜひ続刊を期待したい所。自身のちょっとした行為が老朽化した建物を崩壊させて大事故となり、その後ずっと目撃者の出現に怯えながら過ごすという《パリヴェルナ荘の崩壊》なんて、実に恐ろしいお話です。どの作品もとにかく発想がユニークなので、アマチュアでも小説を書く人は必読。 |