“戦前の日本児童文学を代表する、比類なき美しさ溢れる童話集”

小川未明童話集 赤いろうそくと人魚(新潮文庫)

 我が国では、童話というとまずアンデルセンやグリム兄弟を思い浮かべますが、この小川未明は、戦前の日本児童文学界において最大の存在だった人で、一読しただけでも、その作品世界の素晴らしさに驚かされます。アンデルセン達に肩を並べるどころか、文章・物語の質の高さにおいて、私には、それらをほとんど凌駕しているようにすら思えるのです。

 まずもって、ここに収録された作品群の、大人の読書に十分耐えうるどころか、ほとんど、大人にしか分からないのではないかというくらいの物語の美しさ、そしてその文章の、柔らかくて、典雅で、丸暗記したくなるほどの味わい深さといったらありません。中でも私の印象に残ったのは、国境に配置された二つの国の兵士が、平和で温かい友情を築きながらも、それぞれの国が戦争を始めたために悲劇へと転じてしまう《野ばら》。それから、村の小さな学校の先生が、街に出て大人物になったものの、教え子から贈られた懐中時計と偶然に再会した事で初心を思い出す《小さい針の音》。人間の世界に憧れて海から陸へあがった人魚が、人間達のエゴによって哀しい運命をたどる表題作《赤いろうそくと人魚》も深く心に残ります。

 一方で、この小川未明は、作風が幅広い点でもアンデルセンらと一線を画しています。《百姓の夢》や《とうげの茶屋》のように教訓や文明批判の調子が含まれた作品から、《金の輪》や《黒い人と赤いそり》のように不可思議で少し怖いような物語や、《飴チョコの天使》《負傷した線路と月》などの、物や動物が擬人化されたいかにも童話らしいものがあったかと思うと、《しいの実》や《かたい大きな手》のように、家庭の日常的な風景を切り取った、小説の一部みたいな作品まで飛び出します。また、ストーリーを起承転結の枠組みに当てはめず、最後の一文に「その田舎には、雪が降っています」などという、本筋とは全く関係のない情景描写を突然持ってきたりするのも、詩的な行間を感じさせて趣があります。

 これは一体どんな人が書いているのかと、表紙カバー裏の写真をちらりと垣間見れば、スキンヘッドに黒縁眼鏡の坊さんみたいなおっちゃんでした。坪田譲治による巻末の解説によれば、ものすごく短気でせっかちな人だったそうです。しかし、この容貌、この性格で文化功労者に選ばれていますから、なかなかあなどれませんよ。

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