“痛烈な皮肉で独自のブラックな小話を展開する、鬼才サキの短編集”

『クローヴィス物語』『けだものと超けだもの』

 サキ  訳:和爾桃子 (白水Uブックス)

 英国の異色作家サキ(本名ヘクター・ヒュー・マンロー)の、生前に発表された2作の短編集には、クローヴィス・サングレールという若者をはじめ、共通の人物があちこちに登場します。それで最初の短編集は『クローヴィス物語』というタイトルなのですが、別に彼の物語というわけではなく、彼や他の誰かが登場しては、機知や機転、もっと言えば辛辣な悪意で周囲を煙に巻くお話が満載。

 短篇というよりもショートショートに近い掌編ばかりですが、驚くのはその作風。鋭い皮肉や悪知恵を駆使して、誰かを欺いたり、こてんぱんにやっつける話が多く、その手段はもう徹底して容赦がありません。やり玉に上がるのは高慢な人物である事が多いものの、無害な人物が餌食になる事もあるので油断がなりません。又、会話文が多く、ほとんど戯曲のようなセリフの応酬が続いたりするのも特徴。

 ホラー・アンソロジーに収録されたりもする『スレドニ・ヴィシュタール』は代表作とされますが、そこまで極端でなくとも、日常に潜む嫉妬や欲望、復讐心をえぐり出し、ブラックな小話に仕立て上げるサキの筆致には震撼させられる事でしょう。驚くのは、女性同士の虚栄心やマウンティング争いもしばしば描かれている所。これらは「女子あるある」として当時の女性読者の共感を呼んだのでしょうが、男性作家がこれを書いているのは凄いです。

 その才能と個性の特異さ、斬新さには当時の同業者も脱帽していたようで、それは『クマのプーさん』の原作者A・A・ミルンが寄せた楽しい前書きにもよく表れています。「サキ」という不思議なペンネームもさることながら、彼が常に異国風の個性的な名前を登場人物に付与する点についても、既にミルンが指摘しています。

 難があるとしたら、著者が政治的な話題に入れこみすぎる傾向があり、政治家や議会が絡むお話になると必要以上に難しい内容になってしまう事でしょうか。しかし、これらの作品は新聞に掲載されていたようですから、イギリスの知識層にはさほど難しい話題ではなかったのかもしれません。

 ただ、流行語、現代語をふんだんに盛り込んだ日本語訳には、やや違和感があります。言葉は時代と共に変遷してゆくものですから、時代錯誤の古い言い回しばかりでは困るし、翻訳がその時代の読者向けにアップデートされてゆくのは良い事です。

 しかし、「ぶち切れる」「イタい歌詞」「やたらと上から目線」「本人的に」「ウザい」「ドヤ顔」「婚活」などの流行語は、もしかすると一時的なファッションで終わって、死語と化してしまうものもあるかもしれません。私個人の見解としては、ある程度時を経て、幅広い世代に定着した日本語に訳すべきではないかと思います。

 サキは長編も幾つか書きましたが、死後に編纂された『平和の玩具』『四角い卵』も同様のスタイルで、同じ白水ブックスから出ていますので、本書を気に入られた方にはお薦め。クローヴィスら、おなじみの人物も引き続き登場します。

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