ミロラド・パヴィチは、歴史から忽然と消えたハザール民族についての架空の事典という形式を取った、『ハザール事典』で世界を席巻したユニークなセルビア人作家。しかし日本では、その『ハザール事典』を含めて現在の所、わずか3作が紹介されているに過ぎません。 もう1冊、『帝都最後の恋』は、『ハザール事典』の姉妹篇とでもいうべき体裁で、タロット・カードがそのまま章立てとなっていて、どこから読んでも構わないという奇抜な仕掛けの作品。ただ、ナポレオン時代のセルビア人三家族をめぐる愛と運命の物語で、登場人物も多く、人名を覚えるのが大変という問題があります(ストーリー自体はすごく面白いです)。 そこを考えると、パヴィチ作品で最もお薦めなのが本書。トリッキーな作品が多いパヴィチらしく、本自体が表と裏の区別がない装丁になっていて、前から後ろからどちらから読んでも構わない、二つの物語が本の真ん中で出会うという趣向。一つは現代の女子大生のお話で、一つは古代ギリシャの悲恋物語と、全く関連性のない二つの世界が、実は相互に細かく影響しあっていて、最後にあっと驚くラストにたどりつくという、才気とたくらみに満ちた作品です。 文章自体は、比較的親しみやすいものですので、本書を気に入られた方はぜひ、学術書を装ってわざとらしい難解さを施した『ハザール事典』や、『帝都最後の恋』にも挑戦して欲しい所。 |