アルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルは、長編『石蹴り遊び』や幻想的な短篇群で知られる人。ユニークで緊迫感のある作風ながら、難解な作品も多いので、ベスト・セレクション的な趣の本書は入門編として最適です。 彼の代表的な短篇を10作収録。不思議な時空のねじれとショートショート風の切れ味で読ませる『続いている公園』にはじまり、象徴的な不穏さでぞっとさせる『占拠された屋敷』、同じく時空間の入れ替えを描く『正午の島』、2つの時空の内どちらが夢でどちらが現実なのか分からぬまま恐ろしい結末に至る『夜、あおむけにされて』など、比較的分かりやすい作品も入っています。 個人的に印象に残ったのは、コルタサルにしては幻想性や超自然的な要素がない『南部高速道路』。原因の分からない渋滞に巻き込まれ、どこにも行けないまま数日を路上で過ごすという話ですが、突如渋滞が解消され、少しずつ構築された微妙な人間関係も、あっという間にバラバラの他人へと解消される様を、実に不思議なタッチで描いています。こういう、何ともカテゴライズできない時間や関係性を作品の中に捕まえる事ができるのが、文学のすごい所だと言えるでしょう。 代表作の一つ『占拠された屋敷』は、光文社古典新訳文庫『奪われた家』の表題作にも入っていますが、ラテン・アメリカ文学の第一人者・木村栄一(「栄」の本来の漢字表記は難しい方の旧字)の翻訳で読めるのも本書のメリット。 |