341匹のアナグマが人間の迫害を逃れて試練の旅に出る。英国で大ベストセラーとなった、実話を元にした壮大な冒険物語。主人公達が動物ですから、その時点でファンタジーみたいなものですが、75年のウェールズで、畜牛に結核が蔓延し、感染源とされたアナグマがガスで組織的に殺害された事実を、物語のベースにしています。 私は、絵本でもない限り、動物を擬人化したフィクションが少々苦手で、好きなアーティストの作品であるとか、何かしらの理由がない限り、自分からは手が伸びません。ところが、いつも書店をブラブラしていた大学生の時、帯の惹句と装丁の美しさに目が止まり、ほとんどジャケ買いで購入したのが本書でした。最後までページをめくる手が止まらず、泣きながら一気に読み通した記憶があります。 本書が動物物語として異色なのは、その内容の苛烈さ。多くの犠牲を出しながらも、新天地を求めて旅を続けるアナグマ達に次々と降り掛かる試練。その過酷さは、読みながら「もうやめてくれ!」と叫んでしまいそうなほどです。しかしその一方で多彩なキャラクターをじっくり描き分け、裏切りや団結、ユーモア、涙、共感、信仰心など、アナグマの集団を人間社会の縮図として描く手法はまったく見事。輪廻転生の愛があったりして、最後にじんわりと心が救われるのも嬉しい所です。 又、マスコミの記事の断片が挿入される構成で、この人間側の視点と客観性が、いわゆる動物ファンタジーとは違うリアルな感触を作品に付与しています。この新聞記事は、主人公達が動物である事を読者に何度も思い出させますが、それが感情移入を阻害するどころか、むしろドラマの強度を上げている所が凄いです。 著者は作家ではなく、野生動物保護活動に携わる建築会社の役員。本書は87年、ウェールズの小さな村で自費出版され、たちまちイギリス全土で話題を読んでベストセラーになります。89年にはペンギン・ブックスがペーパーバック版を敢行し、様々なグッズと共に一大キャンペーンが行われました。その際、リチャード・アダムス著『ウォーターシップダウンのうさぎたち』に匹敵する動物物語の最高傑作として高く評価されます。 日本版は上下巻の分冊で、表紙や挿絵に銅版画のイラストが入り、あくまで大人向けの落ち着いた装丁にしているのも好感が持てる所。上下二冊といっても、挿絵付きでページ数も多くはないので、気軽に読める点もおすすめ。 |