“社会の最下層から王族、幽霊まで登場する、無類に面白い連作短編集”

『夜毎に石の橋の下で』 

 レオ・ペルッツ  訳:垂野創一郎 (国書刊行会)

 19世紀プラハ生まれの作家レオ・ペルッツの最高傑作と言われる、歴史幻想小説。いわゆる長編小説とは違って、短いエピソードがたくさん集められた連作短編集の体裁です。枠物語としては、家庭教師のマイスル先生がギムナジウム生徒の「わたし」に語る昔話となっていて、これが20世紀初頭くらいの設定。お話はプラハを舞台に、先生の親戚に当たる豪商モルデカイ・マイスルと当時の皇帝ルドルフ二世をめぐり、登場人物は共通していたり、関係なかったり。

 歴史小説というとちょっと敬遠してしまう人も多いかと思いますが、本書は一話一話が短いし、内容も亡霊や錬金術が登場したりと幻想的で、民話のように面白く読めます。基本的に実在の人物が登場するので固有名詞は煩雑に感じられますが、話の内容からすれば、出て来る名前を全て記憶しなくてはならないものでもありません。予想の付かない展開やオチが付く話もあって、さすがは欧州で人気作家だった人だけあります。

 注目はルドルフ二世のキャラクター。一般には、画家アルチンボルドが果物や野菜で描いた肖像画の皇帝、情緒不安定で統治力を欠いた皇帝、先見の明を発揮して若手画家の作品を買い漁り、史上稀な美術コレクションを築いた皇帝、錬金術やオカルトにのめりこんだ皇帝と、変わり者のイメージで知られていますが、ペルッツはそこに有機的な繋がりを見出し、独自の解釈で人物像を作り上げています。

 さらに著者らしく当時のユダヤ人が置かれた立場も活写し、エピローグはモルダウ川沿いのユダヤ人街が取り壊される所で終っています(衛生上の措置として1895年から10年間で行われ、著者はこの間の1901年、18歳でウィーンに移り住んでいます)。社会の最下層の人々から貴族、王族まで登場し、街ではユダヤ人が暗躍、宮廷では道化が活躍するなど、シェイクスピアの戯曲も彷彿させますが、ミステリのような一面もあり、普通に現代小説として楽しめる内容。

 著者はナチスの手を逃れてパレスチナに亡命、本書は戦後の1953年に書かれています。しかし戦前の作品も、推理小説ばりのプロットでぐいぐい読ませる『ボリバル侯爵』や、『最後の審判の巨匠』『スウェーデンの騎士』など、とにかく面白い小説を多数発表しているので、読書好きの人は要注目。

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