“厳しくも詩的、深みがあって清冽なフォークナーの世界。訳文が古いのが残念”

『フォークナー短編集』 

 ウィリアム・フォークナー  訳:龍口直太郎 (新潮文庫)

 ノーベル賞作家フォークナーは、『八月の光』『サンクチュアリ』『響きと怒り』など基本的に長編で評価されている人だと思いますが、本書はそんな彼の醍醐味を凝集したような濃密な短編集。「クラクション」が「電気警笛」、「ポップコーン」が「はぜトウモロコシ」など、日本語訳がもはや今の感覚には通用しないほど古色蒼然としているのが残念ですが、訳者解説は的確で分かりやすく、恐らく原書の魅力、その核は誠実に伝えているのではないかと想像されます。

 アメリカ南部、それも30年代前後の南部に生きた作家だけあって、作品には南北戦争で活躍した元軍人や、その後の南側の問題、黒人奴隷や先住民、黒人以上に軽蔑された白人貧困層(ホワイト・トラッシュ)が中心に登場。そこで描かれる暴力、殺人やリンチは、フォークナーにとってはリアルな日常であったものなのかもしれません。しかしそれを描く筆致の繊細さと深度、強度、彫りの深さ、人間存在に向けられた洞察力の鋭さには目を見張ります。

 そのためか、凄惨な話が多い割には、詩的な深みや清冽な叙情、名言と呼びたいほど滋味豊かな言い回しが頻出。読書好きや作家の卵を打ちのめすに十分です。ラストに含みを持たせたり、直接的な描写を避けて婉曲な表現を採る事も多く、決して分かりやすいとは言えないものの、難解な作風ではありません。残酷なシーンはばっさり飛ばし、次の展開で既に行われた殺人をほのめかすなど、映画の編集を思わせる手法も使われています。

 これほど素晴らしい内容なのに、訳書が少なく、古い翻訳でしか読めない日本の現状はどうかしています。ヘミングウェイがあんなにメジャーなのに、フォークナーがさほど読まれていないのはどうした事でしょうか。そんな中、値段こそ高いですが、選集『ポータブル・フォークナー』(河出書房新社、2022年)の発売を近年の出版界の快挙として喜びたいです。

 ちなみに収録作品は、『嫉妬』『赤い葉』『エミリーにバラを』『あの夕陽』『乾燥の九月』『孫むすめ』『クマツヅラの匂い』『納屋は燃える』の8篇。

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