“かけがえのない一冊になるか? 意表を衝く名言満載の傑作ベストセラー”

『アルケミスト〜夢を旅した少年』  (角川文庫)

 パウロ・コエーリョ  訳:山川紘矢、山川亜希子

 アルダルシアの平原に住む羊飼いの少年サンチャゴ。彼はある日、エジプトのピラミッドの元で宝物が待っているという不思議な夢を見る。そして、当たり前のように日々送っていた羊飼いとしての生活を捨て、夢の啓示に従って、エジプトへ向かう。途中で謎の錬金術師と出会った彼は、「何かを本当に強く望めば、全宇宙が実現のために協力してくれる事」「日々の生活の中に前兆があり、その前兆に従ってゆかなくてはならない事」を教わり、夢の実現と新たな人生に向かって、様々な試練を乗り越えてゆく。ブラジルの人気作家パウロ・コエーリョによる、世界二十二カ国でベストセラーとなった、夢と勇気の物語。

 文学に限らず、優れた作品にはよくある事ですが、最初の印象では何やら分かったような分からないような感じがして、それでも気になるのでまた読んでみる、そうすると、以前には見えなかった何かが急にクリアに見えだして、時を置いてまた再読すると、さらに新しい発見がある。私なんかは、作品とそういう付き合い方になってくる事が多いです。この本を初めて読んだ時、自分の人生訓になるかもしれないほどの含蓄と重みを持ったセリフに何行もぶつかって、衝撃を受けた覚えがあります。それでいて、完全にこの本を理解できたかというと、全然そんな事はなく、今でも分からない部分は多いし、読むたびに新しい発見の連続なのです。

 アルケミストというのは錬金術師の事。少年が出会う不思議な男がこの錬金術師であり、少年も又、錬金術を通して成長してゆきます。ストーリーもスリルと変化に富んだ多彩なものですが、私はやはり、そこここに散りばめられた印象的な言葉の数々に打たれます。

「お前が何かを本当にやりたいと思う時は、その望みは宇宙の魂から生まれたからなのだ。それが地球におけるお前の使命なのだよ」

「人は人生のある時点で、自分に起こってくる事をコントロールできなくなり、宿命に人生を支配されてしまうという事、それは世界最大のウソだ」

「傷つくのを恐れる事は、実際に傷つくよりもつらいものだとお前の心に言ってやりなさい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない」

 私は特に、中盤で登場する占い師によるこんな言葉が印象に残りました「人がわしに相談に来る時、わしは未来を読んでいるわけではない。現在現れている前兆から未来を推測しているだけだ。未来が分かっているのは神様だけだ。秘密は現在に、ここにある。現在によく注意していれば、現在をもっと良くする事ができる。そして、現在を良くしさえすれば、将来起こってくる事も良くなるのだ。未来の事など忘れてしまいなさい。毎日の中に永遠があるのだ」。

 これを特別な本だと感じる人は結構多いようで、アマゾンの利用者レビューを見ていても、「何度読んでも泣ける」「毎回違う箇所で涙が出る」というようなコメントが目立ちます。先日も、川西能勢口の紀伊國屋書店をのぞいてみたら、コエーリョの角川文庫本が横一列に並べて平積みしてあって、本書には「きっとかけがえのない一冊になる」という手書きのポップが添えられていました。

“小説的自伝か、自伝的小説か、奇跡に満ちた不思議な巡礼体験記”

星の巡礼』 (角川文庫)

 パウロ・コエーリョ  訳:山川紘矢、山川亜希子

 コエーリョの小説には、どの作品にも共通した思想が底流していますが、その彼の原点とも言える巡礼体験を、小説という形で綴ったのがこの作品です。コエーリョはまず、ロック・ミュージックの作詞家として成功しますが、1974年、彼の曲が反政府運動に関わっているという嫌疑で逮捕され、生死をさまようほどの拷問を受けました。1981年にスペインのキリスト教神秘主義の秘密結社、RAM教団と出会い、その修行の中でサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼として、星の道と呼ばれる古来からの道を歩きます。本作は、その体験を基に書かれた彼の最初の小説で、その後の彼は、ブラジルのベストセラー・リストの1位から4位までを独占するほどの売れっ子作家になってゆきます。

 この本の内容をうまくお伝えするのは、至難の技です。主人公(著者)が巡礼の道で体験する様々な出来事は、どれも現実離れしていて、いわば“奇蹟”みたいなものとも思えるのですが、そもそも巡礼という行為自体が宗教的である上に、教団の活動の中で体験している以上、“眉唾もの”だと感じる読者がいてもおかしくないでしょう。それでも、私のように宗教的でない人間が何とか読み通せるのは、作者のメッセージが、宗教という特定の概念の枠組み内で完結せず、より広義の意味でスピリチュアルなものを指向しているからだと思うのです。つまり、テーマや言葉の選び方があくまでも普遍的なので、どんな宗教、どんな文化圏の読者にとっても、教えられる所の多い作品になっているという事です。

 主人公が旅の中で学ぶ様々な教えは、多義的で、解釈の奥行きがあり、本屋さんに行くとたくさん並んでいる「人生の成功の法則」みたいな本によくある、分かりやすくて、単純で、ほとんど当たり前とも言える法則を羅列したものとは一線を画しています。人によっては難解に感じられるかもしれませんし、また別の読者によっては、それこそ目からウロコが落ちるような考え方に出くわすかもしれません。ただ、個人的な好みで言うと、「試しにパウロ・コエーリョの本を一冊」というファースト・チョイスには向かないような気もします。初めての人には、やはり『アルケミスト』か、次にご紹介する『第五の山』がお勧めです。

“生きる勇気がむくむく湧いてくる、コエーリョ流・預言者エリヤの物語”

『第五の山』 (角川文庫)

 パウロ・コエーリョ  訳:山川紘矢、山川亜希子

 旧約聖書の中で短く描かれている、預言者エリヤがイスラエルを追われて隣国で過ごした三年間の出来事を、コエーリョが創造力を駆使して長編に膨らませた力作。カトリック教徒であるコエーリョらしい仕事だとも言えます。自分に与えられた預言者としての使命に目覚めたエリヤは、国を追われ、隣国のある町にたどりつく。そこで得たかに思われた幸福、愛する人々や平穏な生活は、しかし、運命によって無惨にも奪い取られてしまう。何もかも失い、生きる希望さえ捨ててしまうエリヤと町の人々。それでも彼らは、町を再建してゆく事によって少しずつ立ち直り、その過程で世界の重大な真実を学んでゆく。人間に“何か”を学ばせるために起こる、“避けられない出来事”。そこから何を得て、どう生きて行くか。

 ここで瞠目すべきは、無辜の人々に降り掛かる予想もしない災難をどう受け止め、その傷をどう癒し、どうやって立ち直ってゆくかについて、一つの確信に満ちた見方を、力強く提示している所にあります。エリヤの元に遣わされた天使は、こう言い放ちます「人は色々と後悔をし、こうすれば悲劇は防げたと言うが、それは違う。悲劇などはない。あるのは不可避な出来事だけだ。不可避な出来事を避けられる人間はいない。全てはそうあるべき理由を持っている。お前は、一時的なものと永続的なものを、区別するだけでよいのだ。一時的なものとは、不可避な事だ。永続的なものとは、不可避な事から学ぶ事だ。」

 私自身に経験がない以上、実際に事件や災害で身近な人物を亡くされた方が、直ちにこういった解釈を受け入れる心境になりうるものかどうかは、一概に言い切れるものではありません。それでもこれは、訳者あとがきでも述べられている通り、阪神大震災(私も体験したのですが)のような未曾有の災害を経験し、苦しみながらもそこから復興を遂げつつある人達にとっては、「これは正に私達の物語だ」と感じられるのではないでしょうか。

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