“「文体の魔術師」ナボコフの多彩な世界を味わう、入門的短篇集”

『ナボコフの一ダース』

 ウラジミール・ナボコフ  訳:中西秀男  (ちくま文庫)

 代表作『ロリータ』が有名なロシア出身の作家ナボコフは、「文体の魔術師」「短篇の名手」とも讃えられています。しかし、実際に翻訳されているのはほとんどが長編で、意外に短編集が出ていない印象。そんな中、絶版で入手しにくいながらお薦めなのが本書です。

 ナボコフの短篇は、難解なものも多い長編に比べると作風が幅広く、読みやすい作品も多数。できる事なら『ナボコフ全短篇』(作品社)をお薦めしたいのですが、これは定価7800円もする大部の重い本ですので、入門として手軽な本となると本書しかないようです。

 1ダースと言いながら13篇の作品が収録されているのは、このタイトルが「パン屋の1ダース」という英語の俗語をもじったものだからとの事。さすがはナボコフらしく、ジャンルはSF、童話、ポルノ、探偵小説など様々な分野に及んでいますが、それよりも、高度で濃密な文章そのものを楽しむのが良いと思います。

 特に、豊穣なディティールの描き込みや婉曲な言い回しなど、長編でも展開されているナボコフらしい文学性は、本書にもあちこちに盛り込まれていて圧巻。散文詩のようなリリカルで美しい表現も多く、文章を書く習慣のある人には、大いに刺激を与えてくれる作家かもしれません。

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