実在の詩人パブロ・ネルーダと郵便配達の少年の交流を描いた、チリの作家による長編。映画化されたので、ご覧になられた方もいらっしゃる事でしょう。プロットから予想されるほのぼのとした感動作ではなく、物語の背景には、1960年代のチリの不安定な政情がヴィヴィッドに反映されています。結末も安易なハッピーエンドではなく、苦みすら感じさせる現実的なものになっています。 それでも本書をお勧めするのは、やはり、有名な詩人と一介の郵便配達人の心の交感が、漁村のある美しい島を舞台に、いきいきと、ユーモアたっぷりに描かれているからです。物語自体は大変シンプルな、もっと言えば、“他愛のない”と形容して差し支えのなさそうなものなのですが、主人公マリオが大詩人から隠喩を学んでゆく過程を、実際のダイアローグや地の文にも隠喩や洒落を交えながらユーモラスに描いていて、すごく面白いと思いました。又、外交官としてパリで暮らす事になったネルーダのために、マリオが島の様々な音をテープレコーダーに録音してゆく場面も印象的です。 映画の方は、原作に惚れ込んだイタリアの俳優・映画監督のマッシモ・トロイージ主演で製作され、チリの小説を英国人のマイケル・ラドフォードが監督するイタリア映画、という不思議な生い立ちを持つ作品となりました。その結果、映画では舞台をナポリに移している他、結末が原作とは全く違っています。というかある意味、真逆です。もっとも、映画と小説は完全に別物ですから、設定などは勿論、違っていてもいい訳です。 ここで、出版社の方に苦言。本の冒頭で、数ページに渡って映画の写真を使ったダイジェストを掲載するのは止めて欲しいです。映画の写真を見てしまったら、登場人物や情景のイメージが明確に限定されてしまいます。現に私も、この本を読んでいる間じゅう、マリオの顔のイメージはマッシモ・トロイージの顔そのまんまでした(涙)。読書に関して、これは良い事ではありません。それに、原作のマリオは思春期まっただ中の若者という設定なので、ほとんど、青年とさえも呼べないくらいのトロイージ(何歳だったのでしょう? ちなみに彼は、映画の撮影後すぐに早世しています)のイメージとは合いません。映画はそれでいいけれど、その写真が本の最初にあるせいで、イメージが小説の設定と噛み合わなくなってきて、すごくヘンな感じです。 |