「しかし雲たちは、私の言葉には、いっこうに耳を貸しませんでした。私の気持ちを分かってもらい、私たちの間にある隔たりをちぢめるために、私は叫びました。『私も夕雲のひときれだよ』。夕雲たちは立ち止まり、明らかに、私に目をそそぎました。」 これは本書、ドイツの詩人リルケによる『神さまの話』の中の一節なのですが、こちらは手塚富雄の訳で、音楽評論家・吉井亜彦が著書の中で引用しているもの。大型書店のサイトで探してみると、現在こちらは絶版らしく、今回ご紹介するのは谷友幸訳の新潮文庫版です。本作は、二ヶ月に渡るロシアの旅を通じて、素朴で敬虔な人々の姿に感動したリルケが、その印象や感動を結実させた作品の一つとして知られています。全体は、神という共通モティーフを持つ十三篇の短いお話から成り、子供達の為に周囲の大人に話してきかせる(ちょっと、ややこしいですね)という体裁で全体を統一しています。敢えて直接子供に話さず、子供の為の話のネタを近所の大人達に提供する形を採っているのには、これらが、何よりもまず大人が知らなければならない話だから、という考えもあるようです。 実際に各エピソードは、子供よりも大人を唸らせるような、深い余韻を残すものもあれば、民話風のもの、最初の数篇のようにオチがない(わざとそうしてあります)ものもあって、色々です。必ずしも読み易い文章ばかりではなく、分かりにくい部分もなくはないのですが、神様が出てこない話だといって子供達にきかせた筈が、その子供達から「神様が出て来たよ」と言われて話者が閉口するという、ユーモラスながら感動的な一幕もあり、大変印象に残ります。 私は、冒頭にご紹介した一節を読んで瞬時に魅了されましたが、皆さんはどうでしょう。詩人リルケの美しい叙情と清心さに打たれるこの一冊。こういう本はもっと広く読まれるべきだと思い、ここでプッシュさせて頂きました。 |