“著者の生前に発禁処分となった、過激な風刺精神溢れるユニークな中篇集”

『犬の心臓・運命の卵』 

 ミハイル・ブルガーコフ  訳:増本浩子、ヴァレリー・グレチェコ (新潮文庫)

 奇想天外な空想科学的世界に母国ソヴィエト連邦への痛烈な批判を込め、政府から発禁処分を食らった20世紀の作家ブルガーコフ。スターリンから直々に電話を受け、彼の戯曲は再び劇場にかかったりもしますが、当局とは常に緊張関係にあり、その後もしばしば彼の作品は上演禁止や発禁処分になりました。しかし、ストレスによる腎臓病で彼が亡くなってから20年余り、ポスト・スターリン体制の60年代に、長編『巨匠とマルガリータ』が世界的ベストセラーとなります。

 本書には、そんな彼の奇抜な中篇2作を収録。『犬の心臓』は、実験でヒトの脳下垂体を移植された犬が言葉を話し、労働者階級と共に人権を求めてブルジョワを震撼させるというストーリー。横柄な態度と言葉遣いながら、言っている内容に強い説得力がある、このコロフ(元は犬のコロ)というキャラクターが強烈です。周辺人物が極端に官僚主義的で、徹底して戯画化されているのもブルガーコフ作品の特徴。

 『運命の卵』は、卵を急成長させる赤い光線が発明されたのはいいものの、卵の箱を取り違えた事から巨大なアナコンダが大量発生。人間を食い散らしながら、集団農場から首都へ脅威を広げてゆくという、恐ろしい一篇。風刺劇のように始まった本作は、後半に至ってパニック・ホラーの様相を呈します。アイロニー満載の人間模様と、迫真の恐怖描写の両方が最高レヴェルにある点に、著者が一級の作家であった事がよく示されています。

 いずれも痛快なエンタメで、堅苦しい文学作品ではありませんが、猛毒のごとき風刺精神が充溢しているので、読む人を選ぶ作風と言えます。ならば代表作の『巨匠とマルガリータ』はどうかというと、ここにも彼の激烈な作風が拡大展開されていて、後半には不条理さや難解さまで加わり、私などはちょっと付いていけません。なので、まずは1冊となると、お薦めはやはり本書辺りではないでしょうか。もっと短いものをという方には、短編集『モルヒネ』も邦訳があります。

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