“ムーミン童話のトーベ・ヤンソンが挿絵を手掛けた幻のフィンランド版アリス”

不思議の国のアリス』  (メディアファクトリー)

 ルイス・キャロル 絵:トーベ・ヤンソン 訳:村山由佳

 カレル・チャペックの『ダーシェンカ』を、チェコ語からの直接翻訳&オリジナル版の装丁復刻で発売したメディアファクトリーが、またまた嬉しい本を出してくれました。すでに何種類もの訳が出ている『不思議の国のアリス』ですが、本書はムーミン童話で有名な画家/作家、トーベ・ヤンソンがフィンランド版(1966年)のために挿絵を手掛けたもので、フィンランド本国では未だに絶版中という幻の本です。

 シュールだったり、ユーモラスで笑えたり、そうかと思えばムーミンを彷彿させる繊細な叙情性を垣間見せたりと、何とも多彩で幻想的な空気感を漂わすヤンソンの挿絵は、間違いなく本書のハイライトと言えますが、さらにユニークなのが村山由佳による日本語訳。さすがは『天使の卵』『おいしいコーヒーのいれかた』シリーズの人気作家の手になる新訳だけあって、クスクス笑いを誘う微妙なユーモアも湛えながら、現代の読者にとって、より近しい言語感覚を備えた訳となっています。

 男性の一人称を多く用いる事で知られる村山由佳らしく、ルイス・キャロル自身が娘に語って聞かせるような口調を文体に設定しているのも大きな特色ですが、江戸の下町言葉や関西弁を駆使してキャラクターを描き分けるなど、かなり凝った創意工夫にも富んでいます。それでいて、邦訳の突飛さが浮いてしまったりしないのは、それだけ原作がナンセンスかつパワフルで、訳者や挿絵画家の冒険をも許容する破天荒さを持ち合わせているという事でしょう。

 それにしてもこの作品、どこまでも無茶苦茶で面白いですね。読めば読むほど、また違う翻訳で読みたくなります。ダジャレからドタバタ、漫才、不条理コント、乗りツッコミと、お笑いとしても結構幅が広いのではないでしょうか。ちなみに他の日本語訳では、絵本の翻訳でお馴染みの矢川澄子が手掛けた格調高い訳(新潮文庫)も、逆に面白いです。訳者の真面目さがよく出た文章ですが、加藤和彦のアルバム・ジャケット等を描いている金子國義による挿絵も、通好みのお洒落を志向した大人向けの雰囲気で、この訳に合っているように思います。

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